すれ違い

美月と紺野さんと遠足に行く時の服を買いに行ってから、二週間が過ぎた。

そして、ついにその日がやってきた。

ひとまず学校に集合して、そこからクラス毎にバスに乗って目的地に向かうようだ。

普段学校に行くよりも早い時間に出ないと行けなかったので、外はまだ少し暗かった。

「六時半か。……ばぁちゃん、そろそろ行ってくるね。多分二十時くらいには帰ると思う」

「行ってらっしゃい、気をつけるんだよぉ」

「うん、それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

ばぁちゃんは眠そうにしながらも、僕を見送ってくれた。

 

学校に向かっていると、聞き慣れた声が後ろから追いかけてきた。

「充君〜おっはようー!学校まで一緒に行こうよ!」

「……おはよう。朝から元気だね。あと、近所迷惑になるかもしれないからもう少し落ち着いて?ね?」

「あ。遠足楽しみで、つい……あはは」

美月は頭を触りながら苦笑いを浮かべていた。

「それよりさ〜服どう!?この日のために綺麗に保管しといたんだよ〜」

「だから、もう少し静かに……」

そう言おうとしたが、改めて見ると少し驚いてしまった。

「似合ってると思うよ。……でも、遠足に行くには少しお洒落過ぎない?」

美月は、白のワンピースに麦わら帽子、黒のスニーカーに手提げバッグという着こなしだった。

女子の中でもどちらかと言えば身長は高い方で、黒く伸びた髪の毛は腰の一歩手前くらいまである。

そんな容姿なので映えているとは思ったが、若干目のやり場に困った。

「なになに?もしかして見惚れちゃった?」

「いつも通り調子がいいね。別にそういうのじゃないし、目のやり場に困るだけだよ」

「 そんなに困るかな?」

「腕とか出し過ぎじゃない?一応女の子なんだから、少しは気にした方が良いんじゃないの?」

「余計なお世話です〜。それに一応とかひどいな」

とは言いつつも、美月はバッグの中からグレーのパーカーを取り出して、ワンピースの上に羽織った。

「これで大丈夫でしょ?」

「うん。というか上着持ってきてたんだね」

「春とは言え日が暮れてくると寒くなっちゃうでしょー?その時の為に持ってきたの」

今は寒くなかったの?と聞こうとしたがやめておいた。

「それにねー、今日はこんな物を持ってきたんだ」

そう言って、彼女は折り畳んでおけば手に収まる程度のサイズの“それ”を見せてくれた。

「それ、あの時買った眼鏡?どうしてわざわざ持ってきたの?」

「……今日、紅葉ちゃんに記憶のこと話すでしょ?それのお守り、みたいな感じ」

そうだった。

あの後、美月と話し合って、遠足に日に紺野さんに話してみようって事になったのだ。

あれから時間が経って、少しずつ紺野さんも美月に慣れてきてるみたいだったし、遠足という行事で話すのはベストだと思った。

グループ毎で行動するってことを考えると、周囲にクラスメイトや知ってる人たちがいない可能性が高い。

周囲に知られるのは避けたかったので、実に良い機会だった。

更に言うと、こういう行事の時は気持ちが高揚していることが多い。

その流れで言ってしまえば、多少重たい話であっても緩和するのではないかと思った。

要は、遠足という行事を活かそうと考えたのだ。

「きっと紺野さんだったら大丈夫だよ。それに何かあったらフォローするし」

「ありがとう、助かるよ」

彼女はホッと胸をなでおろしていた。

さすがに、こう言ったデリケートな話をするのは勇気がいるのだろう。

「ねえねえ、眼鏡どうよ。似合ってる?」

「……なんか、雰囲気変わるね」

「え、そうかな?」

「うん。落ち着いてるっていうか、すごく静かな雰囲気になる」

「へ〜、眼鏡ってすごいね〜。でも、やっぱり私はあんまり好きじゃないから今後かけることはないかな〜」

そう言って、まるで棺桶に入れられてしまうかのように彼女の眼鏡はその姿を消してしまった。

 

「お、バスもう来てるみたいだね〜!」

「意外と早く着いたね」

七時ごろには学校に着いた。

出発までまだ三十分ほど余裕があった。

「美月、教室で時間になるまで待ってない?」

「ん?いいよ〜」

僕たちは、行き慣れている教室へと足を運んだ。

「誰もいない教室って、なんか新鮮だね。まるで知らない世界に来ちゃったみたい」

「それは大袈裟だよ」

「そうかもしれないね」

そう言って、彼女は儚げに微笑んだ。

なんだか、今日の美月はいつも以上に変な気がした。

やはり、紺野さんに話そうとする事で緊張してるのだろうか?

「……あのね。私、最近変な夢を見るんだ」

「夢?」

「そう。“知らない誰か”が私に対して色々な忠告をしてくれたり心配してくれたり、そんな夢」

「それって、もしかして記憶に関係あること?」

「うん。その人は、私が記憶を取り戻そうとする事をあんまり良しとしてないみたい」

「そう、なんだ」

「それだけじゃなくて、その人が一人ぼっちで泣いてる夢を見る時もあるんだ。夢の中で私はその人に近付くことができなくて、遠くからただ見てることしかできない。そんな夢」

「その夢っていつから見るようになったの?」

「三週間くらい前からかな。充君と会って、記憶を取り戻す手伝いをしてもらい始めたあたりからだよ」

美月の中で何か変化があっただろうか?

とは言っても、僕たちはまだこれと言って重要な手がかりを掴めたわけじゃない。

それなのに、そんな夢を見るのはなぜなんだろう?

「……美月はどうしたいと思ってるの?」

「私は記憶を取り戻したいよ。……でも、それで誰かが悲しい思いをするかもしれないのは嫌かも」

その言葉を聞いた瞬間、僕は本来言うつもりのなかった言葉を口にしてしまった。

「……それなら、やっぱり忘れたままでも良いかもしれないよ?」

「どうしてそんなこと言うの?」

「記憶を取り戻したところで誰も幸せになれないかもしれない。それなら、記憶を諦めることも一つの選択肢じゃないかと思って……」

「充君は私に協力してくれるんじゃなかったの……?」

このままじゃいけない。

そう分かっていても、一度あふれ出した言葉を止めることは出来なかった。

「協力してるさ、だからこそだよ。美月が悩んでるならその背中を押す。それが協力するってことじゃないの?」

「そんなこと、私は頼んでないっ!」

そう言われて、ようやく僕は気付いた。

こんなのはただの自分のお節介だって。

いや、お節介ですらなかった。

僕はただ、嫌なことを全部忘れてる美月が羨ましかっただけだ。

それなのに、わざわざ自分から思い出そうとしてる美月にイライラしてた。

……これじゃ、ただの八つ当たりだ。

僕は、美月に記憶を取り戻して欲しくないのかもしれない。

記憶を取り戻そうとしてる姿を見てると、自分の過去を直視しなくちゃいけないような、そんな気がするから……

「秋山君、美月さん、そろそろ時間です……よ?」

どうやら、紺野さんが呼びに来てくれたみたいだった。

良いんだか悪いんだか分からないタイミングだったが、正直助かった。

しかし、僕たち二人の間にはかつてないほど重たい空気が流れていた。

「あの、何かあったんですか……?」

「……なんでもないよ、紅葉ちゃん行こう」

「え、でもっ……」

僕たち二人の板挟みになって困っている紺野さんに向かって、僕はアイコンタクトを送った。

なんとか伝わったようで、紺野さんは『先に行ってます』という意思を伝えるかのように会釈をした。

二人が去り、誰もいなくなった教室にただ一人取り残されてしまった。

……こんなはずじゃなかったのに。

僕が余計なことを言ったせいで、朝から空気を悪くしてしまった。

そもそも、今日は紺野さんに記憶のことを話そうとしてたのに、僕たちがこんな状態では先は真っ暗だった。

……後で美月に謝ろう。

一度深呼吸して気持ちを落ち着けてから、僕は二人の後を追った。

 

「おい秋山、遅いぞ。お前が最後だぞ」

「……すみません」

バスに乗り込んだと同時に、先生に注意されてしまった。

美月と紺野さんは二人で一緒に座っていた。

「秋山、お前は俺の隣だ」

「分かりました」

最後に乗り込んだ僕に座る席はなかった。というわけではなかったが、何か話すことがあるのかと思い大人しく従った。

先生が座っていたのは、一番前の少し離れた場所にある席だった。

「隣、失礼します」

「おう」

ようやく全員が揃ったバスは、自然公園に向けて出発した。

 

「……先生、いい加減話してくれてもいいんじゃないんですか?」

「何を言ってるんだ?秋山は」

「先生は、僕に何か話すことがあって隣に呼んだんじゃないんですか?」

「そうだな、集合時間ギリギリに来るようなやつには説教をしないとな」

「すみません……」

「……冗談だ。確かにギリギリなのは良くないがな。今度から注意してくれればいい」

「はい、分かりました」

「というのは建前でだな」

「え?」

突然の展開に、僕は驚きを隠せなかった。

そんな僕の心を察したのか、先生はゆっくりと話し始めた。

「秋山は確か、篠原と一緒に教室に行ったよな?」

「先生、見てたんですか?」

「まあな。生徒の動きは把握してないとまずいだろ?」

なるほど。

紺野さんが迎えに来たのは、先生が根回ししていたからだったのか。

「それでだ、篠原と何かあったのか?」

「……いえ、特に何もないですよ」

「何もなければあんな顔して帰ってこないだろう?それに、行った時と違って紺野と一緒に帰ってきたしな」

「まぁ、そうですけど……」

「あと、お前らは二人でいることが多い。それなのに別行動してたのは何かあったからじゃないのか?」

なかなかに鋭かった。

「……少し喧嘩っぽくなってしまいました。内容は話せないですけど」

「大丈夫だ、大体のことは分かっている」

「え?それってどういう意味ですか……?」

そこで、先生は一度周囲の様子を確認した。

そして、細心の注意を払う様子で声を潜めた。

「内容が話せないってことは、“あの事”だろう?」

「 先生……まさか知ってるんですか?」

僕は敢えて明確にしないで先生に尋ねた。

「ああ。……親御さんから話は聞いている」

間違いなかった。

先生は、美月の記憶がないことを知っていた。

「一体いつから知ってたんですか?」

「それはこっちのセリフだ。お前こそいつから知っていた?」

「僕の場合は、転校してくる前日に彼女に会って、その時に聞かされました」

「転校する前から知り合いだったのか!?」

今度は先生が驚いていた。

「ええ、まあ偶然会っただけですけど」

「そうだったのか。……篠原は今までに様子が変だったこととかあったか?」

「……いえ、特には」

噓だ。

本当は問題大アリだ。

夢がどうとかって言ってたし、美月の中で何か変化があるのは間違いなかった。

ただ、先生が美月に対してどういうスタンスなのか分からない限り、むやみやたらに話すのはまずい気がした。

「そうか。それなら問題ないな。教えてくれてありがとう」

しかし、これは先生から情報を得るチャンスだと思った。

「あの、先生。僕からも一つ聞いても良いですか?」

「ああ、俺の分かる範囲でなら大丈夫だ」

「美月のお母さんは、記憶に関して何か話してましたか?」

こう質問すれば、間接的に美月のお母さんからの情報を得られる。

更に、質問の答えによって先生のスタンスも把握できると考えた。

「それが、詳しい事は俺も分からないんだ。とにかく篠原の様子を見守っていて欲しいの一点張りでなぁ……」

「その、記憶を取り戻させたいとか、そうじゃないとか、そういう話は何かありましたか?」

「いや、そういう話は無かったな。記憶がないということを説明されて、様子を見守っていて欲しいとしか言われてないんだ。だから、篠原のお母様がどうしたいのかというのは俺にも分からない」

「そうですか……ありがとうございました」

やっぱり、美月のお母さんが何を考えてるのか分からなかった。

直接会って話せば良いのだろうけど、美月のお母さんは記憶を取り戻そうとしてることを知らないはずだし、それがバレるのは色々まずい。

……どうしたものか。

「まあ、とにかく何かあったら言ってくれ。俺からも何か分かったらお前に話す」

「分かりました。ありがとうございます」

とりあえず、先生が記憶のことを知っていたのはラッキーだった。

ただ、美月のお母さんと先生は様子見に徹している。

あまり目立ったことはしない方が無難かもしれない。

「じゃあ、俺は少し寝るぞ。着いたら起こしてくれ」

「……教師がそんなんで良いんですか?」

「良いんだよ。休む時にしっかり休むのも仕事の内だ」

その言葉は、何故だか少しだけ説得力がある気がした。

 

その後、先生はあっという間に眠りについてしまった。

そして、バスに揺られてる内に僕もウトウトしてしまい、ついには眠ってしまっていた。

気付いた時には、既に目的地に到着していた。

 

前回→秋トリオのお買い物

続き→仲直り

目次→新しい君と

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