捜索

進展があったのは、あれから更に二日後のことだった。

両親は相変わらず家にいない。

毎日のようにルートを変え、今もなお奔走し続けているようだ。

五日目にもなるとさすがに堪えたのか、二人は死んだように眠ることが増えた。

それは悠介も例外ではなく、時々悪夢のようなものにうなされるようになった。

自分と関わりのある人たちから、今回起きたことに対して責められる。

そんな夢だ。

あまりにも現実とリンクした夢は、その境界線を徐々に分からなくさせた。

これは正夢になるのではないかと、なんの確証もない恐怖に脅かされる。

その度に、綾乃はこちらの様子を気にかけてくれた。

彼女のおかげで、悠介の気持ちはギリギリのところで保たれていた。

そんなことをしてる内に、突如として家の電話が鳴り響く。

深く考えるわけでもなく、受話器を手に取った。

「こんばんは。警察署の者です。こちらは如月さんのお宅で間違いないですか?」

「お疲れ様です。はい。間違いありません」

悪いことをしたわけでもないのに、緊張して背筋が伸びる。

それを察したのか、警官は口調を柔らかいものへと変化させた。

「捜索願の件ですが、夕方ごろ、弟さんらしき人物を発見しました」

「本当ですか!?」

突然の出来事に、思わず大きな声を上げてしまう。

それに反応して、綾乃がピクリと背中を動かしていた。

「ええ。一人ではなく、同年代くらい男の子と一緒にいました」

一人じゃない。

その情報に、ひとまず悠介は胸を撫で下ろした。

「それで、今圭吾はどこに?」

流暢に説明していた時とは一転、警官は一瞬にして口を閉ざしてしまった。

動揺しているのか、所々ため息のようなものが漏れている。

「あの……?」

不安げに尋ねると、ようやく警官は喋り始めた。

「それは、分かりません。……情けない話なのですが、見失ってしまいました。恐らく、こちらの存在に気付いたのかもしれません」

圭吾は警察から逃げた……?

もしそうだとして、なぜそんなことをする必要があるのだろうか。

優秀な弟に対する疑惑が、みるみると心を覆っていく。

「弟はどこにいたんですか?」

話を聞くと、それは意外な場所だった。

どうやら隣町にいたようで、徒歩でも三十分くらいで行けてしまうような所だ。

圭吾がいなくなった当日に自宅周辺を探して以降、両親は離れた場所にも目を向けるようになった。

しかし、そんな必要は無く、彼はずっと近くにいたのだ。

灯台下暗しとはまさにこのことだった。

通話を切ると、悠介はその流れで両親に連絡を入れる。

二人は「今から戻る」と、一言だけ告げた。

これから自分がどうするのか。

その答えはすでに決まっている。

「圭吾の居場所が分かりました。今から俺はそこに行こうと思います」

これまでの流れから事情を把握していたのか、綾乃は落ち着いて話を聞いていくれた。

「分かりました。私も行きますよ。こちらから連れ戻さない限り、圭吾くんは帰ってこないと思いますから」

確かに、綾乃が言うことは事実だった。

圭吾が帰って来る気がないのであれば、いくら待っていても意味はない。

携帯のみをポケットに突っ込み、悠介は準備を終える。

綾乃はいつも通り麦わら帽子を被り、こちらに合図を送る。

「じゃあ、行きますよ」

彼女が外に出たことを確認し、不慣れな手つきで家の鍵を閉める。

本当の意味で家に誰もいなくなるのは、かなり久しぶりだったかもしれない。

全ての灯りが消え、すっかりと眠りについてしまった家を見送り、悠介は隣町へと駆け出した。

 

現在時刻は二一時三◯分。

永続的に革靴が地面を叩く音。

勧誘したいのか、各店頭からは爆音で音楽が流れ続けている。

ドロドロに混ざり合った声は何を言ってるのか聞き取れず、ノイズのように耳にこびりつく。

こんな時間にも関わらず、都会であるこの場所はまだまだ喧騒に溢れ返っている。

もしもここが田舎だったら、もっと落ち着いて気楽に暮らせたことだろう。

人が密集していると、それだけで多くのエネルギーを消費する。

十七年間しか生きていなくても、それはひしひしと実感することが出来た。

「本当にここにいるんですかね」

「警察の人はそう言っていたんですよね? それならそれを信じましょう」

駅に辿り着いて、早くも三十分。

警察の証言では、どうやらこの場所で圭吾らしき人物を見かけたようだった。

しかし、彼は一向に姿を現わすことはなく、実は人違いだったのではないかという疑念が生まれつつあった。

悠介たちは通行人の邪魔にならないように、道端で身を潜めている。

ただじっとしているのは想像以上に苦行だ。

きっと、動き回ってる方が性に合うのだろう。

そんなことを考える悠介をよそに、綾乃はキョロキョロと辺りを見渡している。

「それにしても、どうしてこんなところにいたんでしょうね?」

それ自体にあまり興味はなかったのだが、退屈を紛らわすように悠介は綾乃に尋ねた。

「それはきっと、それしか選択肢が無かったからですよ」

「どういう意味ですか?」

「この間も話した通り、恐らく圭吾くんは自分から出て行ったのでしょう。そう考えれば、色々と辻褄が合います。本当は家から遠く離れたかったけど、色々な要因で結局離れられなかった。そんなところでしょう」

綾乃はいつものように淡々と私見を述べる。

彼女の観察眼は鋭く、いつだって悠介を導いてくれた。

だけど、今回だけはそれを信じたくなかった。

綾乃が言うことが正しければ、家族の中に圭吾がいなくなった原因があるということになる。

自分が悪いと指摘されてる気がして、何となく居心地が悪かった。

「でも、圭吾くん本人に事情を聞かない限り、本当のことは分かりません。そのためにも、早く見つけてあげましょう」

綾乃はこちらを励ますようにニコリと笑った。

気持ちが落ち込んでいる時ほど、彼女の笑顔は身体に染みる。

「そうですね」

それに応じるように、悠介も微笑んでみせた。

無理に作った笑顔は上手くいかず、頰が不自然に引きつった。

しかし、彼女はそれに気付かないふりをしてくれたようだった。

その瞬間だった。

何があったのか、綾乃が珍しく張り詰めた声を上げた。

「あそこを見てください!」

そう言うと同時に、彼女の指は動く真っ直ぐとある方向を指す。

それが伸びる遥か先に、圭吾は一人歩いていた。

 

前回→疑惑

続き→過ち

目次→めぐりめぐるその日まで

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