その日のために

その後も、ダウト、スピード、神経衰弱と戦いを挑み続けるも、一度たりとも綾乃に勝つことはなかった。

しかし、綾乃は心を読むのが得意なだけでなく、反応速度も常人のそれを遥かに上回っていた。

普段落ち着いている彼女がキビキビと動く姿は、なんだか新鮮だ。

あまりのキレの良さに、何かのアスリートだったのではないかと思ってしまうほどだった。

自分で提案したにもかかわらず、何を聞かれるのかと気が気ではない。

しかし、彼女の質問はどれも大した内容ではなく、思わず拍子抜けした。

よくよく考えてれば、綾乃は自分のことを熟知しているため、このゲームをやるメリットはほとんどない。

彼女にとって、罰ゲームは単なるおまけにしかなっていないのだろう。

全五回勝負に設定していた戦いも、あっという間に終わりが近づいていた。

最後は、結局ババ抜きを選んだ。

なんとかして一矢報いたい。

そう思っても、綾乃は相変わらずのポーカーフェイスで、そこから情報を得ること不可能だ。

そうしてる内にさっきと全く同じ状況になってしまい、悠介は半ば諦めに入っていた。

今となっては、この状況になるように彼女がゲームをコントロールしてるのではないかとすら思える。

どうにかして勝つことはできないだろうか。

普段使わない頭をフル回転させていると、ある出来事を思い出した。

一歩間違えれば危ない人になりそうだが、これならいけるかもしれない、と悠介は確信した。

「綾乃さんはいつも大人っぽくて格好いいですよね」

「どうしたんですか? 突然そんなこと言い始めるなんて」

綾乃はこちらの意図にまだ気付いていないようで、首をコトリと傾げている。

ここまでは予想通りの反応だ。

「やっぱり大人の女性は自分の香りにまで気を使ってるんですね。今日もいい匂いがしますよ」

自分で言ってて軽く引いた。

でも、勝つにはきっとこの方法しかない。

早速その効果が現れ始めたのか、普段は冷静沈着な綾乃が珍しく動揺していた。

あれだけ余裕を見せつけていた表情は呆気なく崩れ去り、視線は宙を泳いでいる。

「それはずるいですよ……」

綾乃は、何故か自分の匂いを言及されることが弱点だった。

確かに、そんなことをされて喜ぶ人は少ないだろう。

勝つためとはいえ、自分の言ってることは本心だ。

普段ならきっと「私の香りがそんなに好きなんですか?」とでも言ってからかってくるはず。

しかし、目の前にはそれとは真反対な綾乃が存在しており、どうしてそれがそんなに嫌なのか分からない。

その上、一緒にお風呂に入ろうなどと言って目の前で堂々と裸になるというから驚きだ。

「なんていうか、綾乃さんって優しい匂いがしますよね。全てを包み込んでくれそうな感じです。その人の性格って、匂いにも出るものなんですかね?」

「もうやめてくださいよ。恥ずかしいです」

そう言って、トランプを持ったまま顔を覆ってしまった。

その隙間から見える部分は、今までに見たことないほど真っ赤に染まっている。

ここまで良い反応をされると、なんだかいけないことをしてるような気分になってしまう。

そんな考えを振り切るように、悠介は勝負に出た。

「綾乃さん、ジョーカーはどっちですか? 教えてください」

「ダメです。言いません」

そう言いつつも、綾乃の視線は右側に流れていた。

やはり、彼女は余裕をなくしている。

さっきまでなら逆に揺さぶりをかけてくるくらいのことはやって見せたのに、今は防戦一方になっている。

最初の負けがあったため迷いはあったが、彼女の様子から悠介は直感を信じた。

「嘘ついちゃダメですよ」

勝ちを宣言するように、彼女の視線とは逆のカードをめくる。

今度こそ、あの憎たらしい顔は姿を現さなかった。

「俺の勝ちですね」

「まさかそんな技を使ってくるとは思いませんでした」

まだ熱が抜けないのか、綾乃はグッショリと汗をかいている。

少しやりすぎてしまっただろうか。

そう思った悠介は、謝罪の意も込めて机に置いてあったうちわを手渡す。

「ありがとうございます」

綾乃に聞きたいことは山ほどあった。

沸騰したお湯が気泡を出すように、彼女への疑問は浮かんでは消えてを繰り返す。

悩み抜いた結果選んだのは、胸の内で燻り続けている例の話だった。

「綾乃さん」

声をかけると、彼女は顔に風を浴びながらアイコンタクトで返事をしてくれた。

艶のいい髪の毛が緩やかに波を打っている。

「綾乃さんは、“あの人”のことをどう思ってるんですか?」

そこまで興味はないけど仕方なく……という様子を前面に押し出しながら、一つずつ言葉を紡ぐ。

本心では知りたくてしょうがない。

しかし、それを大々的に聞くのは流石にまずい気がした。

だから、これは合法だ。

話す方も罰ゲームだからと割り切っていれば、わざわざ自分から話したという罪悪感に苛まれない。

今この瞬間だけは特別。

普段話せないことを簡単に晒け出せるような、そんな時間。

綾乃の動きが、一瞬にして時を止めた。

やはり、この話題は地雷だっただろうか。

悩む彼女を見ていると、いたたまれない気持ちに圧迫される。

やっぱり別のことにしますよ。

そう言おうとすると、ようやく綾乃が口を開いた。

「……他のことだったら教えても良かったんですけどね。私は特別ルールを使います」

「……えっ?」

今度は悠介の時が止まった。

綾乃が何を言っているのか分からなかった。

特別ルール、その意味を頭の中でゆっくりと噛み砕いていく。

やがて、数十分前の記憶に辿り着いた。

「あー……。分かりました」

自分で作っておいて、そのことを完全に忘れていた。

きっと、彼女に勝つことが途中から目的になってしまっていたからだろう。

折角の努力も、自分の策に溺れたことによって水の泡となってしまった。

そう、思っていたのだが。

「と、言いたいところですけど。悠介くんの頑張りに免じて少しだけお話しさせていただきますね」

「勝っといてこんなこと言うのも変ですけど、話したくなかったら無理に話さなくてもいいですからね」

気を利かせると、綾乃はいつものようにニコリと微笑んだ。

「前にも言った通り、私にとってその人はとても大切な人です。命の恩人という意味でもそうですし、自分を支えてくれたという意味でもです。感謝してもしきれないくらい、色々なものをその人から頂きました」

いつもに増して流暢に話している。

それは、綾乃の感情の昂りを示していた。

瞳を覗き見ると、そこには温かい世界がひたすらに広がっている。

「何よりも、私はやりたいことを見つけられました。その人のおかげで今の私があると言っても過言ではありません。……一言で言えば、特別な人ですね」

そこで、彼女の話は終わりを告げた。

全て分かっていたことだった。

綾乃にとっての“あの人”は、あまりにも偉大なのだ。

結局は、それを改めて思い知らされる結果となった。

「悠介くんは、やりたいことはありますか?」

「……いえ、特にはないです。そんな先のこと考えられないというか、今を生きるので精一杯という感じですね」

「最初はそれでも良いんですよ。きっと、その内それが見つかります。それに向かって努力することで、君の望みは自然と叶うことでしょう。……だから、そのために今頑張りましょう」

唐突に、綾乃は机を指差した。

そこに何があるのかは、悠介が一番理解していた。

「綾乃さんこそずるいですよ。そんな話されたら嫌だとは言えないじゃないですか。それに、いつの間にか俺の話にすり替わってますし……」

「私は特別ルールを使ったまでですよ?」

綾乃は勝ち誇ったような顔をしている。

どうやら、最後まで彼女の手の上で踊らされていたようだ。

促されるまま椅子に座り、再び課題と向き合う。

ゲーム疲れで糖分が欲しくなったのか、結局チョコミントたちは作業中に消化された。

 

前回→チョコミント

続き→戦場

目次→めぐりめぐるその日まで

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