戦場

人の出入りや呼び出し時になるチャイム音。

それに煽られるよう素早く動く仲間たち。

座っている人たちは、今か今かと目的の品を待ち続けている。

そんな人たちの要望に応えるため、悠介は今日も必死に駆け回っていた。

人が多くなれば、それと比例して情報量も多くなる。

会話は交錯し、もはや誰が誰に話しかけているのか分からない。

その間にも状況は絶え間なく変化し続け、思考することすら許されない。

音、熱、匂い、様々な刺激が悠介に襲いかかる。

混沌と化した店内は、まさに戦場だった。

ピーク時というのは、とにかく瞬間的爆発力が求められるのだ。

モタモタしていたら荒波に飲まれてしまい、それまでの流れは一瞬にして瓦解してしまう。

そうなってしまった場合、立て直すことは容易ではない。

飲食店の仕事というのはチームプレーと同じで、連携が重要なのだ。

個々の力が強かったとしても、それが出来なくて崩壊する店があるというのはよくある話だった。

そうならないために、従業員たちは動き方について相談をしたり前準備をしたりと工夫を凝らすのだ。

しかし、常にお客さんと接するフロアの仕事では、意識するところがもう一つある。

それは、席の配分についてだった。

初見で相手のタイプを判断し、それらをパズルのように寸分の迷いなく当てはめていかなくてはならない。

まさに、ぶっつけ本番。

そして、悠介はその点に苦労していた。

「悠介くん、あちらのお客様はどうしてあそこに通したんだい?」

「どうして、ですか?」

突然のことに、思わず聞き返してしまった。

店長の態度に悪意は感じず、ただただ純粋な興味を向けられているように思える。

その視線の先には、ベビーカーを所持した家族連れの人たちがいた。

それは、紛れもなく自分が案内をした人たちだった。

「あそこの席に通したのは全然間違いではないよ。むしろ正解と言っても良い。でも、荷物が多かったり、まだ子供が小さかったりで大変そうじゃない? そういう時は周囲に人があまりいない場所にしたり、テーブルをくっつけて席を広くするといいよ」

そう言いながら、彼は悠介の肩をポンポンと二回ほど叩いた。

「次からもう少し気を付けてみます」

そう答えると、彼は満足気に頷く。

「でも、君はちゃんとお客様を見ようとしてる。それはすごく良いことだから、これからも継続してね」

太陽のような明るい笑顔を向けながら、店長は早歩きで去ってしまった。

気を入れ直し、彼とは逆の方向に悠介は颯爽と歩き始めた。

 

「お疲れ様。これ、作り間違えちゃったから良かったら食べて。店長にも許可取ってあるから大丈夫だよ」

仕事を終え着替えていると、キッチンを担当している先輩が恐る恐るといった様子で顔を覗かせる。

渡されたのは、ピザとパスタだった。

器からは作りたてを証明するように、もくもくと湯気が上がり続けている。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。……仕事には慣れたか?」

距離感を計りかねているのか、言葉の間に妙な間が生じた。

「なんとも言えないですね。でも、すごく楽しいです。優しい人が多くて、ここで働いてよかったなって思います」

「だろ? 俺も高校の時からここで働いてるんだよ。まさかこんなに続くとは思わなかったなぁ」

彼の瞳は、ゆらゆらとここではないどこかを映している。

「あの、先輩はどうしてここで働こうと思ったんですか?」

「自宅から近いっていうのはあるかな。あとは昔からここで飯食うことが多くてさ。それで、ここの人たちがあまりにも楽しそうだったからそこに惹かれたみたいな感じ」

意気揚々と語る姿は、あまりにも真っ直ぐだった。

きっと、彼自身も今は楽しいのだろう。

「やばい、そろそろ戻らないと。冷めないうちに食べろよ」

軽い会釈で対応すると、彼は再び戦場へと姿を消してしまった。

気が抜けたのか、お腹から間抜けな音が鳴り響く。

衝動に任せたまま目の前に置かれた食事を頬張ると、丁度良い温度になっていた。

 

「お疲れ様です、悠介くん」

外に出ると、いつものように綾乃が待っていた。

彼女と一緒に家に帰ることは、いつの間にか日常になっている。

こんな日々がいつまでも続けばいいのに。

そう願わずにはいられない。

「今日はどこかに寄り道しませんか?」

心の中に秘められた思いは、意図も簡単に放出された。

「珍しいですね。どこか行きたい場所はありますか?」

「公園に行きませんか? あそこなら、この時間人いないですし」

「分かりました」

バイト先から歩いて十五分ほどすると、目的の場所に辿り着いた。

辺りに人はおらず、この場所だけ隔離されてしまっているのではないかと思うほど静寂に満ち溢れている。

仕事の時とは一転、落ち着いた状況だ。

木々のざわめきや砂利を踏みしめる音が、耳に心地よく響き渡る。

「今日はどうして寄り道なんかしようと思ったんですか?」

歩いていると、唐突に綾乃に尋ねられた。

素直に言葉にするのはなんだか照れ臭くて、つい言葉を濁してしまう。

「何となく、気分ですよ」

「本当ですか?」

綾乃は挑発するように顔を覗き込んでくる。

その視線に、思わず頰が熱くなる。

「悠介くんがそう言うなら、そういうことにしておきますね」

絶対に見抜かれている。

彼女の態度からは、そんな雰囲気が漂っていた。

「でも、あんまり遅くならないようにしましょう。じゃないと、皆さんに心配かけてしまいますからね」

その台詞に、胸がキュッと締め付けられた。

きっと、綾乃は本当にそう思っている。

だからこそ、それを無下に否定することは出来ない。

ましてや、彼女の過去を知ってしまった後では……。

「そうだと、いいですね」

振り絞った声は、あまりにも頼りないものだった。

「親は子供のことが大切なものですよ。きっと、お互いにすれ違っていてそれが分からないだけなんですよ」

そう信じたい。

そうであれば、どれだけ幸せだろうか。

自分は誰からも必要とされていない。

そんな風に思えて仕方ないのだ。

「私がついてますよ。君は一人じゃないです」

いつかの時みたいにそう言われると、涙が溢れそうになる。

本当に一人なのは綾乃の方だというのに、そんな彼女に励まされてばかりの自分が情けない。

「ありがとう、ございます」

俯いていると、いつものように頭を撫でてくれた。

こうされるのも、かなり久しぶりな気がする。

相変わらず彼女の力加減は絶妙で、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

唐突に、二人を包んでいた空気は壊される。

それは、携帯の着信音によるものだった。

「こんな時間に誰だろう?」

震え続けるそれを見ると、そこには母の番号が示されていた。

どうせまた何か因縁つけられるに違いない。

そう思った悠介は、忌々しいといった様子で着信を無視した。

やがて、公園に再び静寂が訪れる。

「いいんですか?」

「どうせ大した用じゃないですよ。帰っても同じこと言われるんですから、わざわざ今聞く必要ないです」

苛立ちを隠しきれない。

家族の話になると、どうも冷静さを欠いてしまう。

綾乃もそれが分かっていたのか、その先は言及してこなかった。

しかし、彼女は納得していなかったのか、「そろそろ帰りましょうか」とその場を締めた。

普段電話なんてかけてこない母が、どうして今日に限ってそうしてきたのか。

その意図を、悠介は汲み取ることができなかった。

そして、すぐに後悔することとなる。

家に帰り玄関の扉を開くと、両親が何故か立ち尽くしていた。

母の表情は驚愕の色に染まっている。

父は何も言わない。

しかし、それが普段の状態からくるものではないことはすぐに気付いた。

それは、落ち着いた瞳がいつもと違って僅かながらに釣り上がっていたからだった。

ただならぬ様子に、悠介はただただ傍観するしかない。

「二人ともそんな顔してなんだよ……。一体何があったんだよ?」

得体の知れない居心地の悪さに耐えられず、それから逃げるように言葉を発した。

その瞬間、母はこちらを押し倒すような勢いで駆け付けてきた。

「圭吾が……。圭吾がいなくなったのよっ……!」

半泣きになりながら掴まれた腕は、驚くほど熱を帯びていた。

 

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続き→消失

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