両親の想い

存分に加熱されてることを証明するように、目の前にはバチバチと音を鳴らした鉄板が置かれている。

火傷しないようにそっとハンバーグに切り込みを入れると、中からチーズがドッと溢れ出した。

瞬く間に鉄板は黄色一色に染まってしまった。

まだ熱そうだな。

そう思い、中央に鎮座しているポテトに手を伸ばすと
、父がようやく重たい口を開いた。

「悠介は、母さんがなぜ仕事を始めたか知ってるか?」

それは、以前から気になっていることだった。

母は悠介が中学に入る頃に仕事を始め、両親は共働きとなったのだ。

「それはやっぱりあれだろ。圭吾のため。あいつが才能を開花させてから母さんは色々と考えていたみたいだし」

質問に対する答えを述べながら、二、三本まとめてポテトを口に放り込む。

予想以上に固かったため、危うく口の中を切りそうになる。

思わぬ答えが返ってきたのか、父は少しだけ驚いたように目を見開いた。

基本的に無表情のため、些細な変化でも分かりやすい。

「確かにそれもある。だけど、一番は悠介。お前のためだ」

「は……?何言ってんだよ」

今度は悠介が驚く番だった。

「別に家計が厳しいわけではなかった。それでも、母さんはお前たちのために何かしてやりたいと思っていたんだ。『父さんも悠介も圭吾も頑張ってるんだから私も何か頑張る』と言っていた。私は『家事をやってくれて十分助かってる』と言ったんだが、母さんは聞き入れてくれなくてね……」

「でも、それが何で俺のためになるんだ?」

父はテーブルに置いてある水に口を付け、再び話し始める。

「悠介が中学に入って、この先どういう進路を選んだ時にも何不自由ないようにって考えていたんだよ。あとは、二人に自分のやるべきことに集中して欲しいとも考えていたんだ」

今まで知らなかった母の顔が少しずつ明らかになっていく。

「母さんは少し不器用なところがあってね。その点で昔からよく誤解を招いたりすることもよくあった。……悠介は、母さんのことをどういう人だと思ってる?」

それをあなたが言う?

浮かんだ言葉が口をつきそうになるも、グッと飲み込む。

質問をの意味を深く考える必要もなく、その解は一瞬にして舞い降りた。

「無理矢理言うことを聞かせようとしてくる人。口うるさい人。そんなところかな」

その言葉に、父は「やっぱりな」と呟く。

「あんな風になってしまったのは、“あれ”があったからなんだよ」

“あれ”が何を指すのか、誰よりも悠介が一番分かっていた。

あの出来事は悠介だけに限らず、如月家にとっても当初大きな問題となったのだ。

すっかり静まってしまった鉄板を眺め、悠介はハンバーグの上にソースをかけた。

「あの時、母さんは悠介に全て任せようと思っていた。意思を尊重して、好きなようにさせてやりたい。そう思っていたんだ」

そう言われてみれば、昔はそこまで束縛感が無かった気がする。

拾ってきた犬を飼うことに反対されつつも、結局はそれを受け入れてくれた。

でも、結果は……。

人というのは、自分の都合の悪いとこばかり目についてしまうのかもしれない。

そして、段々とそれ以外の部分が見えなくなってしまうのだ。

そのことに気付くには、こうして第三者から話を聞くのが効果的なのだろう。

「あの出来事でしばらく塞ぎ込んでしまった悠介を見て、母さんは自分のせいだと責任を感じていた。『あの子が傷つくくらいなら、最初からそうならないように自分が導いてあげれば良かった』って泣いていたよ」

「そう、だったんだ……」

知らなかった。

母の態度にそんな背景があったなんて。

「でも、その気持ちが強くなり過ぎてしまったんだろうね。……その後のことは悠介も知っての通りだ」

「……なんで、今になってそんなこと話したんだよ?」

「丁度良い機会だと思ったんだ。それに、私も家族には仲良くしていて欲しいからね」

そう言って、父は表情を綻ばせる。

「……実はね、ここは母さんの職場なんだよ」

突然の告白に、思わず悠介はむせてしまった。

その様子を見て、父は珍しく声を出して笑っていた。

「は、はあ!? それ本当なのかよ?」

「やっぱり、悠介は知らなかったんだな」

なんということだろうか。

母がパートで働いてる場所は、悠介がアルバイトしてる会社と同じだったのだ。

とはいえ、別のお店で勤務していたため今まで全く気付けなかった。

逆に、どうして両親は知っていたのだろうか。

その答えを探し出すために頭をフル回転させていると、キッチンの入り口から見覚えのある人物がひょっこりと姿を現した。

「て、店長!? なんでここにいるんですか!?」

「あれ、悠介くんじゃない。弟さん見つかったんだ」 ってね。本当に良かったよ!」

「ど、どうも。……じゃなくて!」

「僕ね、実はここの店長もやってるんだよ。びっくりしたでしょ? 君のお母さんにはいつもお世話になってるよ」

全ての謎が解決した。

母がバイトしてることを知っていたことも、名前を聞いただけで即採用されたことも。

そして、今回起きた事件を報告したわけでもないのに知っていたことも。

思えば、店長は悠介のことを「如月くん」とは決して呼ばなかった。

それは母との差別化を図るためだったのだ。

「お母さんはいつも楽しそうに君たちの話をしてるんだよ。だから、今回の話を聞いた時は本当に驚いたねぇ」

「その節はどうもです……」

恐縮した様子で、悠介は頭を下げた。

それに釣られて父も会釈する。

「そんなにかしこまらないでよ。何かあった時に調整するのも僕の仕事なんだからさ! 悠介くんは気にしなくていいんだよー」

「ありがとうございます」

不意に、ピンポーン、というチャイムが店内に木霊した。

お客が呼び出しベルを押したのだ。

聞き慣れている音。

でも、久し振りに聞く音でもあった。

「おっと。じゃあ、僕はそろそろ仕事に戻るから。ごゆっくりね」

丁寧に挨拶をすると、店長は軽やかな足取りで去ってしまった。

こうして客席から観察してみると、彼の動きはまた違ったものに見える。

「ちょっと喋り過ぎてしまったね。冷めちゃうし、そろそろ食べちゃおうか」

父は、テーブルに広げられた食事を一瞥した。

ここに並べられてる料理は、全て父の奢りだった。

昔から父と接する機会は家族内で一番少なく、こうして二人きりになることはほとんどなかった。

常に仕事に明け暮れ、休日になればその疲れを癒すために眠りにつく。

話すことも少なく、何を考えてるのか全く読めない。

父に対するイメージは、そんなものだった。

しかし、表に出さないだけで今までずっと見守り続けていたのだ。

そして、圭吾同様に家族の平和を願っていた。

この二日間で、家族の見え方はガラリと変わった。

互いの想いを知り、認め、そして歩み寄る。

そうすることが出来れば、関係は徐々に良くなっていくのだ。

少なくとも、悠介はそう信じていた。

逃げなくて良かった。

向き合って良かった。

本気でそう思えた。

「親父。いつもありがとう。……俺も親父が困ってたら力になれるように頑張るよ。だから、これからもよろしく」

悠介は自然な流れで手を差し出した。

すると、父は強く、けれど優しくそれを握り返してくれた。

 

前回→家族会議

続き→予感

目次→めぐりめぐるその日まで

コメント

タイトルとURLをコピーしました