お手伝い

綾乃が幽霊だと証明されたものの、疑問は山のように積み上がっていた。

どうして悠介にだけ見えるのか。

綾乃は何者なのか。

そもそも、なぜ幽霊になってしまったのか。

考えだすとキリがなかった。

 

彼女に何かしてあげられないかと思い、再び公園のベンチで話をしていた。

「綾乃さんはどうして幽霊になっちゃったんですか?」

「どうしてでしょうね?」

「こっちが聞いてるんですよ」

「……私にも分からないです。ただ、やりたいことならありますよ?」

「やりたいこと?」

「はい」

「何がやりたいんですか?俺にできることなら手伝いますよ」

「優しいんですね、悠介くんは」

「……どうですかね」

綾乃の視線から逃げるように俯くと、頭にやんわりとした刺激が広がった。

「何するんですか。止めてくださいよ」

彼女はニコニコと笑顔を絶やさず、悠介の頭を撫で続ける。

「こういう風にされると何だか落ち着きませんか? 守られてるって感じがしません?」

彼女の言うことが正しいか分からないが、気持ちが段々と凪いでいく。

それがたまらなく心地よく、そんな風にしてくれる彼女の手に悠介は身を委ね続けた。

ふと、あることに気が付く。

本来、それは手を繋いだ時に気付くべきことだった。

「今更ですけど、俺に触れることはできるんですね」

「そうみたいですね。良かったですね、私に触ってもらえて」

「何ですかそれ、また茶化してるんですか?」

「違いますよ。私もこうして触れられて嬉しいんです」

優しく微笑みながら、綾乃は手を動かし続ける。

彼女は感情を隠す気などさらさらなく、素直に言葉を紡いでいく。

そんな風に振る舞えることが、なんだか羨ましい。

頭を覆い続けていた刺激が不意に遠のいた。

それを追うようにして顔を上げると、自然と綾乃と目が合う。

「悠介くん」

「はい」

「私はね、人助けがしたいんです」

「人助け、ですか?」

「そうです」

「……綾乃さんは、成仏したくないんですか?」

「それは特に思ってないですね」

「そういうものなんですか?」

「どうでしょうね。でも、少なくとも私はそうですね」

勝手に期待を裏切られたような気がして、悠介は肩を落とした。

「ですから、私に悠介くんの手伝いをさせて下さい」

「えっ?」

予想もしない言葉を浴びせられ、思考が固まる。

この一時間くらいの出来事で大抵のことでは驚かないつもりだったが、この発言は理解不能だった。

「あの、どうして俺なんですか?」

「それは、悠介くんにしか私が見えてないからですよ」

あまりにもシンプル過ぎる答えに拍子抜けする。

しかし、綾乃が自分にしか見えていないという事実は、悠介の優越感を少しだけ満たした。

「もし見えてたのが他の人だったら、綾乃さんはその人を助けてたってことですか?」

「それはどうでしょうね? あ、もしかして悠介くんは私がいなくなっちゃうと寂しいですか?」

「そんなんじゃないですよ。ただ気になっただけです」

「分かってますよ。……それに、もし手伝わせてくれたら成仏出来るかもしれませんね」

明るく振る舞う姿に、悠介は戸惑う。

自分の感情を捉えることができず、ドロドロとした不明瞭なものが胸のあたりで駆け巡った。

「やっぱり寂しいですか?」

「そんなことーー」

「私は寂しいですよ?」

否定しようとすると、ピシャリと綾乃は言葉を遮った。

おっとりとしていて優しい彼女がこんな事をするのは、かなり珍しい。

会って間もないながらも、悠介は綾乃の落ち着き具合に感心していたのだ。

「唯一自分のことを見えてる人がいなくなったら、私は寂しいです」

その台詞に、言葉を失った。

何か言った方が良いのに。

分かっているはずなのに、最適解を導き出せない。

それが歯痒く、悔しかった。

「ちょっと意地悪しちゃいましたね。ごめんなさい」

「……いえ、別に綾乃さんは何も悪くないですよ。確かにその通りだなって思いますし」

「そもそも私は成仏したいわけじゃないですからね。だから、今の話はあんまり気にしないでください」

それに、と綾乃は付け加える。

「誰でもいいというわけではないんですよ?」

突然指を指され、思わず背筋が伸びる。

「君は色々と困ってそうですからね。お姉さんに相談すると良いことあるかもしれませんよ?」

いつもの笑顔と違って、少し誘惑してるように見えた。

「いえ、そんな申し訳ないですよ。俺自身の問題なのに」

「そんなこと気にしなくていいんですよ。私には時間がたっぷりありますし。さっきも言ったように、私自身が勝手にやりたいことなんですから」

「でも……」

言い淀む悠介を見て、綾乃は背中を押すように言葉を繋いでいく。

「私はね、自分だけじゃ上手く解決出来ない問題ってあると思うんです。そんな時に手を差し伸べてくれる人がいたら、少しは楽になると思いませんか?」

「それはそうですけど、借りを作るみたいで俺は嫌です」

「私はそんなこと思いませんよ? 悠介くんを手伝っても恩を着せるつもりありませんし、みんながそういう人じゃないと思いますよ」

「そんな人いるとは思えません。誰だって何かをしたらその対価を求めてる。そういうのはうんざりなんですよ」

知らず知らずの内に語気が強くなっていく。

これじゃさっきと何も変わらないじゃん、と心の中で呟いた。

「……じゃあ、悠介くんはどうして今も私と話してるんですか?」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ。無視することだってできたはずなのに、君はそれをしなかった。それに、さっきも私のこと止めてくれた」

「それは綾乃さんが幽霊だなんて言うからですよ。そんなこと言われて、放っておけるわけないじゃないですか」

「それは、私に恩を着せたくてそうしたんですか?」

「……いえ」

綾乃は悠介を優しく抱き寄せた。

身体中が柔らかい感触に包まれ、心から安心する。

抱き返そうと思ったが、そうすると彼女がいなくなってしまう気がして、結局は自身の手を握りしめることしかできなかった。

「そんな人、いるじゃないですか。悠介くんは十分優しいですよ」

肯定するのも否定するのも何だか申し訳なく思い、黙る以外の選択肢はもはや存在しなかった。

「たまには誰かに頼ってもいいんですよ? 自分一人で全部抱え込もうとしなくていいんです。だから、私に君を手伝わせてください。ね?」

耳元で小さく囁く声は、天使のようにも悪魔のようにも聞こえた。

妖艶な物言いに、身体がゾクリと震え上がるのを感じる。

彼女の言葉はあまりに甘い。

聞いた者全てを快楽に溺れさせてしまうような、そんな力がある。

「……分かりました」

上手く丸め込まれた気がして、なんだかモヤモヤする。

しかし、今はそんなことよりも彼女の温かさに包まれていたかった。

 

前回→幽霊

続き→家族

目次→めぐりめぐるその日まで

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