崩れゆく心

朝目覚めると、既に女性陣は支度を始めていた。

時刻は午前九時。

どうやら、かなり長い時間眠ってしまっていたようだ。

十時過ぎには出るから、そろそろ僕も準備しないと間に合わなかった。

「二人とも早いね。起こしてくれればよかったのに」

「気持ち良さそうに寝てたからさ」

昨夜とは違って、美月は笑顔になっていた。

「今日はどうします?秋山君は何か当てがあったんですか?」

「うーん。正直、特には無いんだよね……」

「無いのに昨日あんなこと言ったの!?」

「ごめん。勢いで言っちゃったんだ」

「秋山君って、そういうタイプでしたっけ?少し意外でした」

「……充君はそういう人だよね?」

美月は敢えて僕に質問してきた。

「そうだね」

僕たちのやり取りを見てた紺野さんは、静かに微笑んでいた。

「とりあえず、麗奈さんに関係することを探っていこうと思う。そうすれば間違いはないかなって」

「なるほど。それじゃあ、学校に行ってみますか?」

「いや、斎藤先生が何かを話してくれる可能性は低いと思う。だから、秋月さんから話を聞く方がいいと思う」

「私的にもその方が助かるかも」

「じゃあ、秋月さんの家にもう一度行こうか」

僕たちは、一度チェックアウトした。

日が落ちる頃には、もう一度ここに戻ってくるつもりだった。

 

「あなたたち、昨日の?」

「なんでもいいんです。私の記憶について何か知っていたら教えてくれませんか?」

「そう言われても……私が知ってることは昨日全部話しちゃったのよ」

「あの、麗奈さんと美月をいじめていた人って、今どうなってるか知ってたりしますか?」

「ごめんなさい、そこまでは分からないのよ。ただ、麗奈の件があってから姿をくらましているそうよ」

「逃亡した、ということですか?」

「それはどうかは分からないわ。まあそんな訳で、私もいじめを実行していた人に会ったことはないのよ……」

「じゃあ、いじめの情報はどこから?」

「主には先生ね。後は麗奈と美月ちゃんからよ」

「……話したくなければ無理にとは言いませんが、いじめの内容はどういったものだったんですか?」

「言葉で激しく罵ったり、暴力を振るったり。そういったものだったと聞いているわ」

「……美月、何か思い出せそう?」

美月は、静かに首を横に振った。

これ以上話してもあまり意味が無いと思い、僕は秋月さんにお礼を述べた。

「……わざわざ辛いことを思い出させてすみませんでした」

「いえ……美月ちゃんのためだもの。構わないわ」

「おばさん、ありがとうございます。……あの、差し支えなければ麗奈さんのお墓の場所を教えていただいてもよろしいですか?」

「もちろんよ」

秋月さんはざっくりとした地図を書いて、僕たちに渡してくれた。

更には、その地図を見ながら口頭で説明を付け加えてくれた。

そこで秋月さんとは別れ、麗奈さんが眠るお墓へと足を運んだ。

 

「ここ、私たちが初めて会った場所にちょっと似てない?」

「……確かに似てるかも、都会と田舎なのになんだか不思議だね」

「……もしかして、お父さんはここに眠る予定だったのかな」

美月はボソリと呟いていた。

秋月家の墓の前に辿り着いた僕たちは、一人ずつ祈りを捧げた。

僕と紺野さんは面識があるわけではないが、美月の旧友ということで、今の美月と僕たちのことを報告していた。

「麗奈ちゃん。私、あなたのこと覚えてないんだ。それはごめんね……でも、私は今も元気に生きてます。……あなたの分まで生きられるように頑張るから。応援しててね」

最後にそう言って、美月は麗奈さんに別れを告げた。

その後、街に戻ってご飯を食べることになった。

そして、そこで今後の予定を決めることにした。

……しかし、この時。背後に迫っていた気配に僕は気付くことが出来なかった。

 

お腹を空かせた僕たちは、田舎町では滅多に見ることの無い全国チェーン店のレストランへと来ていた。

「さすが都会って感じ。ザワザワしてるね」

「たまにならいいですけど、私はやっぱりあの静かな田舎町が恋しいです……」

紺野さんは、昨日と同様にバテていた。

どうやら、彼女は人混みや騒がしいところが苦手なようだった。

俗に言うHSPというやつなのだろうか?

そんな彼女に取って、ピーク時のレストランというのは非常に消耗してしまう場所なのだろう。

必要最低限の用事を済ませ、出来る限り早くお店を出られるように僕は心掛けた。

「私、やっぱりもう一度学校に行ってみようかと思う」

「大丈夫なの?」

「正直気が引けるけど、やっぱりあそこしか手掛かり無いかなって思ってさ」

実際問題、美月の言う通りだった。

そもそも、僕たちは美月が元いた学校しか教えられてないのだ。

秋月さんと出会えたのだって奇跡のようなものだった。

このままあてもなく探し回るより、何か知ってるであろう学校から直接事情を聞いた方が早いのは一目瞭然だった。

「じゃあ、もう一度学校に向かうってことで。……今回は斎藤先生以外の人から話を聞いた方が良いかもね」

「それは私も思ってた」

これで次の行動が決まった。

「……紺野さん、大丈夫?そろそろ出るよ」

「はい……分かりました」

少しグッタリとしていたが、重たい腰をなんとか持ち上げるようにして彼女はついてきた。

 

僕たちは、再び学校の前に立っていた。

昨日来た時よりも人通りは少ないと感じた。

「ここを出たらホテルに戻ろうか」

「そうだね、時間遅くなってきたしね」

現在時刻は十七時過ぎだった。

この時間に先生がいるのか疑問だったが、明日には帰らなくちゃいけないので、今ここに来るしかなかったのだ。

部活やらできっと誰かしらはいるはずだ。

そう思い校門をくぐろうとした。

しかし……

「おい、お前。篠原美月だろ?」

「えっ……?」

突然の背後からの声に、僕たち三人は一斉に振り返った。

「ははっ、やっぱりな。随分と可愛くなっちまったもんだなぁ」

そう言って、僕たちと同じくらいの年齢の女は美月を馬鹿にするように笑っていた。

「……あなた、美月さんとどういう関係ですか?」

紺野さんは怒気を含んだ声で質問していた。

そして、守るようにして美月と女の間に立ち塞がった。

「それはこっちのセリフだなぁ?お前らこそ、こいつのなんなんだよ?」

「私たちは美月さんの友達です」

「友達ねぇ……」

嫌らしい笑みを浮かべながら、その女は美月のことを凝視していた。

「あの……あなた一体なんなんですか……?」

「は?」

こいつに記憶のことを知られるのは絶対にまずい。

僕の本能がそう告げていた。

しかし、気付いた頃にはもう手遅れだった……

「私、記憶が無いんです。それで、ここまでその手掛かりを探しに来たんです」

その瞬間、女は突然笑い始めた。

「ははははっ!それは傑作だなっ!突然いなくなった上にそんなことになってたなんてな〜」

「……あなた、いい加減にーー」

そう言って、美月のことを守っていた彼女は大きく一歩を踏み出そうとしていた。

「紺野さんっ!……気持ちは分かるけど、今は抑えて……!」

「なんでですか!?あんな奴に酷いこと言われて、美月さんが可哀想じゃないですかっ……!」

「なんだ?やるってのかよ?別にボコボコにしてやってもいいんだぞ?」

「……すまない。勘弁してくれ」

「秋山君!どうしてあなたが謝るんですか!?悪いのはあいつじゃないですか!」

「頼むからっ!今は言うこと聞いて。ね?」

僕の説得が通じたのか、彼女は一旦落ち着いてくれた。

「……分かりました」

「仲間割れか?」

その言葉に紺野さんは表情を歪めたが、なんとか堪えてくれたようだった。

「……あの、あなたは私のことを知ってるんですか?」

「知ってるよ」

「じ、じゃあ、私がどんな人だったのか教えてくれませんか?お願いします……!」

こいつは絶対にやばい。

……だけど、ここまで話が進んでしまっては、もう僕には止めることが出来なかった。

「美月さん、こんな奴に聞いてもまともなこと教えてくれるわけないですよ。早く学校に行きましょう」

「学校なんかに聞いても、何にも教えてくれやしねーよ。あいつらは真実を隠してるからな」

「そんなでたらめ信じるとでも?」

「別に信じなくてもいい、だが事実だ。学校はこいつのことをお前みたいに庇ってるからなぁ?」

「あなた、喧嘩売ってるんですか?」

「紺野さん……!」

「……分かってますよ」

紺野さんはまんまと相手の挑発に乗っかってしまっていた。

普段ならこんなことはないのだが、僕たちが関わると彼女は冷静さを欠いてしまうようだった。

「あなたはどこまで知ってるんですか……?」

「全部知ってるよ」

「麗奈ちゃんの自殺や、私たちをいじめてた人のことも知ってるんですか?」

「知ってるさ。何故なら、お前たちのことをいじめてたのはこの私なんだからなぁ!」

女は笑いながらそう宣言した。

……その瞬間、今まで聞いたことのないような声を上げながら紺野さんは女に突っ込んでいた。

「紺野さんっ!」

僕が呼びかけても、もう彼女が止まることはなかった。

「威勢がいいな。だけど、舐めてもらっちゃ困るぜ」

そう言いながら、女は突っ込んでいった紺野さんにカウンターを食らわすように、みぞおちに膝蹴りを入れた。

「ううっ……!」

彼女はもろにダメージを受けてしまっていた。

そして、そのままうずくまるようにして倒れ込んでしまった。

「紅葉ちゃんっ!!」

女は倒れ込んだ紺野さんの髪の毛を引っ張って、無理矢理立ち上がらせた。

「お前、ちゃんと見たら結構可愛いじゃん」

「そんなこと、あなたに言われても、嬉しくない、です……」

「……その減らず口、ちょっとはマシにさせてやるよ」

そう言いながら、女は紺野さんの衣服に手を掛けた。

「なっ!何をするつもりですか!?触らないでくださいっ!」

「……生意気な奴には、こうしてやんだよっ!」

あろうことか、女はそのまま紺野さんの衣服を破り割いてしまった。

「いやっ!やだっ……!」

「へぇ〜。あんなに強気だったのに、可愛らしい反応するじゃねーの」

衣服の前半分を破り裂かれた彼女は、必死に隠すようにして自分の身体を抱きしめていた。

「これでちょっとは分かったか?これ以上やるなら容赦しねーよ?」

「ぅぅ〜っ……」

紺野さんは、今にも泣き出しそうになっていた。

「これ以上、私の大切な友達を傷付けないでくださいっ!」

今まで事の成り行きを見守っていた美月が、突然大声を上げた。

「お前本当にうぜーな……いつも大人しかったくせにすっかり変わっちまったんだな」

「私のことは何と言おうと構わないけど、紅葉ちゃんや充君に手を出すなら私はあなたを許さない」

「おー怖いねぇ。許さなかったらどうするってんだい?あいつみたいに殺そうってのかい?」

えっ……

こいつは今なんて言った……?

僕たち三人は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまっていた。

しばらく固まっていたが、その均衡を破ったのは美月だった。

「……殺すって、どういうことですか……?」

しかし、その表情は不安や恐怖といった感情で埋め尽くされていた。

「お前、本当に最低だな。そんなことまで忘れちまってるのかよ」

「な、なに……?」

「……勘違いしてるみたいだから、私が教えてやるよ」

そう言って、女は目を見開いた。

女の目はまるで、獲物を狙うかなような狡猾な瞳だった。

「秋月麗奈は自殺なんかじゃない。あいつは“殺された”んだよ」

「ころ、された……?」

美月は明らかに動揺していて、その目は焦点が合っていなかった。

そんな様子を見て焦ったのか、紺野さんは必死に美月に声をかけていた。

「美月さん!こいつの話を聞いちゃダメですっ!気をしっかり持って!」

「……てめぇは少し黙ってろ」

女は、紺野さんの脇腹あたりに蹴りを入れた。

「いたっ、い……!」

美月はさっきまでとは打って変わって、紺野さんが攻撃されても何にも言えなくなっていた。

……彼女は錯乱しかけていた。

紺野さんの代わりに、僕は声をかけ続けた。

「美月っ、美月!しっかりして、ねえってば!」

「麗奈ちゃんは、殺されたの……?……なんで、どうして……?」

「……」

静かに壊れていく彼女に、僕は目を当てることが出来なかった……

そして、トドメを刺すように女はこう告げた。

「秋月麗奈は殺されたんだよ。篠原美月、お前にな」

……その瞬間、美月は糸が切れた人形のようにその場に倒れた。

 

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続き→結ばれない空

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