夏休み後半、僕たちはこの休み期間における大事な目的を果たそうとしていた。
この日は、美月が前に住んでた場所に行くための予定を決めていた。
「情報収集は一日目で終えて、二日目は真っ直ぐ帰ってくる。本当はもう少しいたいんだけど、費用的な問題がね……」
「こればかりは仕方ありませんね」
「……後は泊まる場所なんだけど。二人は何か希望あったりする?」
「私は泊まれれば問題ないかな、一日だけだし」
「了解。じゃあ現地で探すってことで」
「明日は何時頃出発します?」
「新幹線に乗る時間を踏まえて、六時頃には出たいかな」
美月が暮らしていた場所は、こことは真逆の都会だった。
電車と新幹線を使って行くつもりなのだが、何よりそれに乗るまで問題なのだ。
まず、新幹線が開通してる駅まで行くのになかなか時間がかかる。
この街は電車が殆ど走っていないので、一つ乗り過ごすことは命取りになってしまう。
更に、新幹線が開通してるような駅は広くて迷いやすい。
それらを踏まえた上での決断だった。
「……そういえば、二人は明日のこと親には何て伝えたの?」
「私は泊りがけで遊びに行ってくるって言ってあるよ」
記憶を取り戻そうとしてる張本人がそれでいいのだろうか……
少し不安だったが、他人の家庭の事情に首を突っ込むのもどうかと思い、特には何も言わなかった。
「私は旅行して来ますって伝えました」
「確かに、旅と言えば旅だね」
感慨深そうに美月はそう呟いた。
俗に言う自分探しの旅というやつだろうか?
しかし、彼女にとってはその意味は少し異なっているように思えた。
「何か思い出しそうになったらすぐに伝えてね。先生にも伝えたいから」
「分かった」
「……じゃあ、今日は早めに帰ろうか」
最後にそう告げて、僕たちは解散した。
「充君は、明日のことおばあさんになんて伝えたの?」
今日は一人で帰るつもりだったのだが、彼女は一緒に帰りたいと言って半ば強引に僕について来た。
そして、その道中で突然僕にそう尋ねたのだった。
「……実は、伝えてないんだ」
「伝えないの?」
「まさか……ばあちゃん心配するから、さすがに何か言ってから出てくるよ。……ただ、なんて伝えれば良いか分からなくて」
「……そういうのなんか分かるよ。分からないことが分かるみたいな?」
「なにそれ」
「大切な人だったり、近くにいるからこそどうしたらいいか分からないこともあるってことだよ。私もお母さんに嘘ついちゃったし……」
その言う彼女の姿は、とても悲しそうだった。
そんな姿を見てしまったからなのか、僕は思わず自分の中に浮かんだ想いを声に出してしまっていた。
「……相手のことが全部分かれば楽なのにね」
「それは少し違うんじゃない?」
「えっ?」
「最初から全て分かっていたら楽かもしれないけどさ、それってなんか冷たくない?」
「……冷たい?」
「うん。相手が求めているものを選べるのは確かに大切なのかもしれない。だけど、本質はもっと違うところにあると思うんだ」
そう言うと、美月は言葉を続けた。
「相手がこうしてくれたら嬉しいなとか、そういうことを考えること自体に意味があるんだと思う。その気持ちがあるから人は心を持てるんだよ。でも、最初から全部分かってたら人の気持ちを考える機会が無くなっちゃうでしょ?それってなんだか機械的なコミュニケーションだって思わない?」
僕は黙って話を聞き続けた。
「つまり、相手のことを考えるっていう過程そのものに意味があって、それが一番大切なんだと思う。その気持ちが相手に伝われば、例え良くない選択をしちゃったとしてもそこまで嫌な気持ちにはならないんじゃないかな?人間関係の本質ってきっとそういう所にあるんだと思う」
「そうなのかな……?」
「明確な答えはないと思うけど、私はそう信じてるよ」
「それなら……僕もそう信じてみようかな」
「君にしては珍しく素直だね」
「そうかもね」
「偉そうなこと言ったけど、実は紅葉ちゃんの受け売りなんだけどね〜。それに少し自分の考えを加えたって感じ」
彼女は舌をペロッと出して笑った。
……よくよく考えてみると、幼い頃の僕はきっとそうだったのかもしれない。
合理や論理で物事を考えず、とにかく相手に喜んでほしいという気持ちで動いてた。
ただ、あの日以来そうするのが怖くなっていた。
自分がやって来たことはただの気持ちの押し付けで、相手はそんなこと少しも望んでないんじゃないかって。
そんな感情に苛まれた。
……でも、もう一度だけそんな風に生きてみてもいいかもしれない。
美月の話を聞いて、そう思い始めていた。
「じゃあ、また明日ね。寝坊しないでよ?」
「そんなへましません~!じゃあね〜」
僕たちは、いつもの場所で別れた。
「ただいま」
「お帰り、充ちゃん」
「あのさ、ばあちゃん。明日から泊りがけで出かけようと思うんだけど、いいかな?」
「それは構わんけど、突然どうしたんだい?外泊なんて珍しいじゃないか」
「……こないだ記憶喪失の子がいるって言ったでしょ?その子の手伝いで一緒に行くことにしたんだ」
「そうかい」
結局、僕は正直に話していた。
それを聞いたばぁちゃんは、どこか満足したように顔を二回ほど上下させた。
「……明日早いから、今日はもう寝るね」
「はいよ、おやすみ」
自室に行った僕は、ふと夜空を見上げた。
今日は少し曇っていて、星はあまり見えなかった。
諦めて寝ようかと思ったが、そこであるものが目に付いた。
「今日は三日月か……」
身体を失いかけていたそれは、残った力を振り絞るかのように弱々しく輝いていた。
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続き→類は友を呼ぶ
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