彼女の本心

高校に入って二度目の夏休みは、残り一週間ほどに差し迫っていた。

僕は、美月の家に向かっていた。

彼女のお母さんに、全てを話さなくちゃいけないと思った。

……あの日、海で眠ってしまった僕たちは、警察のお世話になることとなった。

そして、美月は警察を通して病院に引き渡された。

僕は放心状態になりながらも、先生に事情を説明した。

先生は、まるでこうなることを予見していたかのようで、僕が多くを語らなくても状況を理解してくれた。

そして、美月のお母さんや病院にも連絡をして様々な手続きを済ましてくれた。

その結果、僕たちが帰ってきた少し後に美月もこっちに戻ってこられたようだった。

……しかし、彼女は未だに目を覚まさないため、地元の病院に入院したらしい。

その病院は、幼い頃に僕がお世話になった病院だった。

彼女の様子を見に行こうかと悩んだが、罪悪感を感じてしまい結局行けなかった。

……僕は、何も出来なかった。

自分が如何に無力なのか、改めて思い知らされた。

……気が付けば、彼女の家に辿り着いていた。

これから話をすると思うと怖くなってきてしまい、逃げてしまおうかと一瞬考えた。

しかし、そんな考えを頭から振り払うように僕は一度深呼吸をした。

念のため表札が違わないかを確認してから、僕は静かに呼び鈴を押した。

しばらくしてから、彼女のお母さんと思われる人が姿を現した。

そして、開口一番にこう言った。

「あなた、もしかして秋山充君……?」

「そうですけど。……失礼ですが、お会いしたことありましたか?」

「……いえ、初めましてよ。とりあえず入ってちょうだい」

そう言って、室内に案内された。

 

案内されたのはリビングだった。

部屋に着くと同時に、美月のお母さんはどこかへ行ってしまった。

少しして戻って来たかと思うと、丁寧に椅子に座布団を敷いてくれた。

「わざわざありがとうございます」

そんな風に人を気遣う姿が、なんだか美月と被って見えた。

「それで。今日はどうしたのかしら?」

「お母さんに話したいことがあって、訪ねさせてもらいました」

「美月のことね……?」

「……そうです」

そこで一度言葉が途切れてしまったが、すぐに続けた。

「美月がああなってしまったのは、僕のせいなんです。……それに、僕はずっと彼女の手伝いをしていました。勝手なことをしてしまい、本当にごめんなさい……」

僕はゆっくりと頭を下げた。

そして、そんな僕を見てどうしようか悩んでいるかのうにこう言った。

「顔を上げてちょうだい。……うすうすそんな気はしてたのよ。あの子は私に隠れて何かしてるんじゃないかって。……それに、こんな物もあったのよ」

そう言うと、一冊のノートが机に置かれた。

「これは……?」

「あの子の日記帳よ」

しばらく理解が追い付かなかったが、やがて思い出した。

確か、出会って間もない時に日記を書いてるって言ってた気がする。

これがそうなのだろうか……?

「これを読んで、あなたたちがどうしていたのか全部知ったわ」

そこで、なぜ僕のことを知っていたのかが理解できた。

「……私は、あの子とどうしていくべきか分からなかった。」

お母さんはゆっくりと話し始めた。

「あの子が目覚めた時、私は絶望したわ。夫に続いて娘までって。……でも、あの子が記憶を失っていてホッとしてる自分もいたの。だって、あまりにも辛い過去だったから」

「お母さん……」

「……でも、忘れることの代償は大きかったのよ」

やっぱり、美月のお母さんは全て知っていた。

「最初はただ記憶を失ってるだけだと思ってた。でも、目覚めてからのあの子はまるで別人だった。好みや、性格、色々なことが変わっていた。……それで私は気付いたの。あの子は美月であって美月じゃないって」

それは、僕も感じていた違和感だった。

元の美月のことを知っていれば、僕ももっと早くその事実に気付けたかもしれない。

そうすれば、もしかしたら違う未来だって……

今更後悔しても遅かった。

「最初はあの子を元の美月に戻そうと考えたわ。でも、そうするためには真実を話すしかなかった。……私には、どうしてもその勇気を持つことが出来なかった」

今となって思えば、記憶を取り戻そうとしてた美月にとって、あの事件は“存在しなかったこと”だろう。

なぜなら、“あの美月”は“元の美月”ではなかったのだから。

だが、親として娘を見るのであれば話は別だろう。

いくら覚えてないとは言え、真実を突き付けるのはあまりにも酷すぎる。

最初からそれを知ってれば、僕だって記憶を取り戻す手伝いをしようとは思わなかったはずだ。

「どうしようか悩んでる内に、今の美月と過ごす時間も多くなっていった。……そして気付いたら、あの子は私の娘になっていた」

お母さんは涙ぐんでいた。

「……私は、あの子を元に戻すことが出来なくなった。そうすることは、あの子を殺すのと変わらないって思ったから……」

お母さんの言葉に、ズキリと胸に痛みが走った。

「でも、そしたら元の美月はどうなるの?って思ったわ。そこで私はジレンマに陥った。……後はその繰り返しだったわ」

今の美月を失いたくない。

でも、元の美月に戻って欲しい気持ちもある。

しかし、それは同時に叶えられるものではなかった。

そういうことだろう。

「どうしようも出来ないなら、せめてあの子が幸せになれる方法を考えたの。でも、結局はそれも私のエゴだったのかしらね……」

お母さんの考えがようやく全て理解できた。

「……だから、あなた達には感謝してるのよ?」

「どうしてですか……?」

「だって、あなた達は自分のエゴじゃなくて、“あの子のため”に手伝ってくれたんでしょう?」

「……それは、違うんです。僕はそんな優しい人じゃないんです」

紺野さんは、きっと純粋にそう思っていただろう。

だけど、僕は違う……

「僕が美月のために手伝おうと思ったのは、つい最近の話なんです。……最初は、ただの好奇心だったんです」

「好奇心……?」

「……僕は、嫌な記憶なんて全部忘れたいって思ってました。そして美月は記憶を失ってた。なのに、自分からわざわざそれを思い出そうとする姿を見て、僕はイライラしていました」

お母さんは、黙って話を聞いてくれた。

「……僕は、美月が羨ましかったんです。それで、そんな彼女が記憶を取り戻したらどうなるのかって、興味があったんです。……もっと言うと、僕と同じ気持ちを味わってくれたら良いのにって、思ってたんです……」

自分で言ってて、本当に最低だと思った。

自分の弱さが情けなくて、涙が出そうになった。

「……これを、見てちょうだい」

そう言って、お母さんは突然美月の日記を見せてくれた。

……そこには、遠足の時のことが書かれていた。

 

ーー

今日は、すごく楽しい日だった。

でも、すごく辛い日だった。

親が亡くなってるという共通点に親近感を感じた私は、充君に手伝ってもらうようにお願いしていた。

……でも、その真実はとても辛いものだった。

頑なに『忘れてた方が良いこともある』って言ってた理由がよく分かった。

私は、彼にとても酷いことをした。

私と関わったことで思い出したくないことを思い出し、傷を蒸し返させるようなことをしてしまった。

彼をこれ以上傷付けないためにも離れた方が良いと思ったし、自分の都合でこれ以上振り回すのも気が引けた。

……だけど、私はどうしても彼から離れることが出来なかった。

……そうそう、今日は彼のおかげで友達が出来た!

名前は紅葉ちゃん!

ちょっと前から話したりはしてたんだけど、今日の遠足で一段と仲良くなれた!

それに、私の手伝いをしてくれるなんて言うものだから、飛び跳ねそうなくらい嬉しかった。

彼女は優しいし勘が鋭い子だから、また一歩目標に進めると思う。

すごく頼もしい。

でも、そんなことよりも私は純粋に彼女と仲良くなりたい。

あと、からかった時の反応が可愛くて癖になりそう!

でもバドミントンやった時は怖かったなぁ……

あれは本当にびっくりした。

だけど、普段とは違う一面が見れた気がしていい思い出になった。

……これも彼のおかげだね。

帰りにいつも通り一緒に帰ってると、充君と喧嘩っぽくなった。

内容は人間関係に対する考え方、みたいな感じだった。

記憶に対することだけじゃなくて、こんなところまで私たちは正反対だった。

考え方が違うとか共感できないって言われて、私はすごくムカついた。

でも、それだけじゃなくて、すごく悲しかった……

なんでだろう……?

いつもならこんなにイライラしたりしないし、考え方が違くても受け入れられるのに。

何故か充君にそう言われるとモヤモヤした。

そんな彼が気に食わなかったから、私は『君を変えてやる』って宣言してやった!

とは言え、勢いで言っちゃったんだよね。

これからどうしよう……

……とりあえず、私たちと一緒にいる時は楽しそうにして欲しいな。

せっかく笑顔が似合うんだからもっと笑えばいいんだよ、うん。

……彼は冷たいように見えて、すごく優しい人なんだよね。

私の無茶振りを何だかんだ言いつつも聞いてくれるし、良くも悪くも人の心に深く踏み込んでこない。

そんな所が、ドライだけど優しいなって思う。

……そっか。

だから私は離れられないんだ。

きっと、彼といると居心地が良いんだね。

……んっ?

これってもしかして……

いやいや!そんなはずないよねっ!

それよりも、今は記憶を取り戻すことに集中しないと!

でも、記憶が戻ったらこの気持ちを打ち明けてみるのもありかもね……

ーー

 

この日の日記はそこで終わっていた。

「あの子もきっと、あなたに興味があったのよ」

そう言われた瞬間、涙が溢れてしまった。

「あの子にとって、あなたたちと過ごした日々は幸せだったと思うわ」

僕は何も言えなかった。

そして、最後にこう言った。

「今まであの子と一緒にいてくれてありがとう」

溢れていた涙は決壊してしまい、僕は涙が枯れるまで泣き続けた。

 

美月のお母さんは、僕が落ち着くまで待っててくれた。

そして、タイミングを見計らったかのようにこう言った。

「もし良かったら、目を覚ましたあの子とも仲良くしてくれると嬉しいわ」

それが意味することは分かっていた。

「……もちろん強制はしないわ。でも、そうしてくれればあの子も喜ぶと思うの」

“あの子”が誰を指すのか分からなかったが、そこはあまり重要ではなかった。

「……ありがたくそうさせていただきます」

そう言って、僕は美月の家を出ようとした。

……が、これだけは言っておきたい。という勢いで引き止められた。

「待って!……これは、私の余計なお世話かもしれないけど……」

美月のお母さんはどう伝えるべきかしばらく悩んでたようだが、僕は言葉を待ち続けた。

「自分の子供を大切だと思わない親なんて絶対にいないわ。……例え命に変えてでも守りたいと思う。それが親心というものなの。……きっと、あなたの両親もそう思っていたと思うわ……」

美月のお母さんは、あの日記で僕の過去に何があったかを察したのだろう。

僕は、そんなありがたい言葉を胸の奥にしまい込んだ。

「……ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました」

「それなら良かったわ」

「……それでは、僕はこの辺で」

そう言って、今度こそ僕は彼女の家を後にした。

 

前回→新月の夜に

続き→邂逅

目次→新しい君と

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