自宅に戻ってきた僕には、思わぬ客人がいた。
「……あなたは」
「坊主、大きくなったな……」
客人とは、僕の両親を轢いてしまったトラックの運転手だった。
「どうしても充ちゃんに会いたいって言うからねぇ。待っててもらったんだよ」
「突然押しかけてしまってすみませんでした」
「別に構わないよ。私はどこかに行くから、二人でゆっくり話しな」
ばぁちゃんはそう言って、わざとらしく部屋を出て行った。
そして、僕たち二人だけが取り残された。
「……もう一度しっかり謝りたくて、今日は来たんだ」
「おじさん……」
八年ぶりに会った運転手さんは、あの頃よりも皺や白髪が増えていた。
そして思った。
あれからもう、そんなに時が経ってしまったのかと……
「あの時は本当に済まなかった」
そう言って、頭を床に擦りつけていた。
「おじさん、頭を上げてください」
僕がそう言うと、ゆっくりと顔を上げた。
そして、視線が交わった。
僕はその目をしっかり見るようにして、言葉を発した。
「おじさんは罪を償ったじゃないですか。……だから、もういいんです」
「法的には罪を償ったかもしれん。だが、それで坊主は満足なのか……?もしそうじゃないなら、無理に割り切ろうとしなくてもいいんだぞ……?」
「……あの時の僕は子供だったんです。いえ、今も子供ですけど。もっともっと子供だったんです。……だから、あなたのことを本当に許せなかった」
「そうだろう?俺がやったことは決して許されることじゃないんだ。だからーー」
僕は、運転手さんの言葉を遮るように話した。
「でもっ!今はあなたのことを許しています。おじさんはもう充分に苦しみました。……だから、これから先は自分のために生きてください」
「……身体だけじゃなくて、心まで立派に育ったんだな。お前さんは本当に優しい子だよ、ありがとう」
「……いえ、許すなんて偉そうなこと言いましたけど。本当に悪いのは僕なんです。ごめんなさい」
「坊主……」
「あの日、僕は親に叱られたんです。それに腹を立てた僕は家を飛び出しました。……でも、途中で力尽きてあそこに倒れてたんです。……そして、両親はそんな僕を助けようとした」
「なるほどな。そういうことだったのか。」
「僕が勝手な行動をしていなければあんなことにはならなかったんです。……だから、本当に悪いのは僕なんです。……すみませんでした」
運転手さんは何も言わなかった。
「……それに、僕はあなたに酷いことをたくさん言いました。それだって、許されることじゃありません」
僕の言葉を聞いて、運転手さんはしばらく何かを考えてるようだった。
そして、それを言うべきか悩んだかのように、運転手さんはゆっくりと話した。
「……じゃあ、お互い様ってことでいいか……?」
「えっ……?」
「だって、あまりにも苦しそうだからよ。これじゃ俺もお前さんもずっと傷を背負ったままになっちまう。そんなんじゃお互い生きてくのが辛くなっちまうだろう……?」
「……そうですね。分かりました」
その答えに満足したのか、運転手さんは優しく微笑みながらこう言った。
「じゃあ、元気でな。俺はこの辺で帰らせてもらうよ」
「……お元気で」
そう言って、僕は運転手さんに別れを告げた。
実に八年越しに、僕は自分の言葉で謝ることができた。
ばぁちゃんが代わりに謝ってくれた日から、僕はずっとモヤモヤしたままだった。
ようやく、それを晴らすことが出来た。
……これで前に進める。
そう思った。
運転手さんが帰った後にふとテレビをつけてみると、見覚えのある場所が映されていた。
「これって……!」
それを見た僕は、反射するように紺野さんに電話をかけた。
そして、彼女はすぐに電話に出た。
「もしもし。どうしたんですか?」
「紺野さん、ニュース見た?」
「ああ、そのことですか」
「えっ?」
紺野さんはなんだか気まずそうにしていた。
このままではまずいと思ったのか、観念したかのように話し始めた。
「……もちろん見ましたよ。それに、あれをやったのは私です」
「それは一体、どういうこと ……?」
「海で寝てしまい警察に補導されたことがありましたよね?その時に襲われた時の話をしたんです」
そうだったのか、全然知らなかった。
「それで、私の破かれた服を証拠に提出しました。そこから色々調べてくれたみたいです」
「つまり、それであの女は捕まったってこと?」
「そういうことです。……ただ、学校も麗奈さんの真相は知らなかったみたいですね……」
「でも、あいつは真実を隠してるって言ってたよね?」
「……恐らく、口から出まかせだったんでしょう。美月さんを自分の手で陥れたかったと考えれば、それも不思議じゃありません」
「なるほど……」
「……まあ、それでいじめ問題について問いただされてるっていう感じですかね。正直、ここまで大々的にニュースになるとは思わなかったので私もびっくりしてます」
「でもさすがだね。あの状況でよく思いついたね」
「いえ……私も最初からそうするつもりじゃなかったんです。でも、警察と話している内に色々説明が出来ないこととかもあったじゃないですか。だったら全て話した方がいいなって思ったんです」
「僕の代わりに全部受け答えしてくれてたもんね」
あの日、僕は放心状態で何も考えることが出来なかった。
そんな僕の代わりに、紺野さんが警察に対応してくれた。
その後も心ここに在らずだった僕に、彼女は喝を入れてくれた。
そして、そのおかげでなんとかここまで気持ちを立て直すことが出来た。
……女の人は強いなって実感した瞬間だった。
「それに、美月さんのためですから。あのまま放置してたんじゃまたいつ襲われるか分からないですからね」
「……そうだね」
そこで一度話が終わったが、今度は彼女の方から質問してきた。
「……あと、私に内緒で美月さんの家に行きましたね?」
「なんで知ってるの?」
「私も、美月さんのお母さんに話しに行ったからです。そしたら秋山君が来たって言うものですから……」
「じゃあ、紺野さんも僕に内緒で行ったってことでしょ?」
「ま、まあそうなんですけどね……」
そう言って、彼女は電話越しでも分かるほどにおどおどしていた。
わざわざ自分から言わなければ分からなかったのに。
紺野さんはしっかりしてるけど、やっぱり少し抜けてる部分もあった。
「じゃあ、そろそろ切りますよ?」
「あっ、待って!」
「……何ですか?」
「……美月には、会った?」
僕がそう言うと、彼女は一瞬黙ってしまった。
「……会ったって言うのかは分からないですけど、見舞いには行きました。まだ眠っているみたいでしたけど……」
「そっか……ありがとう」
「いえ。……じゃあ、今度こそ切りますよ?」
「……うん」
切れた電話からは、一定のタイミングで音が鳴り続けていた。
そして、僕はしばらくその音から耳を離すことが出来なかった。
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