帰りのバスにて

帰りのバスに乗り学校へと戻る。

そこで各自解散となるらしい。

帰りのバスでは行きと違い、秋トリオ三人揃って一番後ろの席に座った。

順番は、窓側から紺野さん、美月、僕の順番だ。

まだ夕方と呼ぶには早い時間だったが、傾き始めていた日差しは彼女らに降り注いでいた。

「ちょっと、眩しいね」

「カーテン閉めますか?」

「外の景色見たいし、そのままでいいよ!」

そんな会話を僕の隣で繰り広げていた。

僕は……どうしようか。

そうだ、本を読もう。

そう思い鞄から趣に本を取り出した。

「その本どうしたの?」

「こないだ買ってたやつですか?」

「そうだよ」

二人揃って、本について尋ねてきた。

紺野さんはともかく、美月が本に興味を示すのは珍しい。

「どんな本なのー?……もしかして、いかがわしい本だったりして!」

「み、美月さんっ!なんてこと言うんですか!秋山君がそんな本読むわけないじゃないですか!」

僕が反応するより先に、紺野さんが顔を真っ赤にして反論していた。

「おやおや〜?私はいかがわしいとしか言ってませんよ〜?紅葉ちゃんはどんなことを想像してたのかな〜?」

「わ、私は別にそんな変なことを想像してたわけじゃありませんよっ!」

美月は、意地悪く紺野さんをいじっていた。

そんな美月の攻撃に紺野さんはというと、完全にテンパって自ら墓穴を掘っていた。

そんな様子を見てたら、なんだかおかしくなってきて、思わず笑ってしまった。

「二人ともおかしいよ、なんで僕が読む本の話題でそんなに必死なのさ」

笑っている僕の様子を見てた二人は、キョトンとしていた。

「……君がそんな風に笑ってるところ初めて見たよ」

「私もです」

「……別に僕だって笑ったりすることくらいあるよ、人間なんだから」

「それはそうかもだけど。充君ってなんていうかあまり感情を外に出さないからさ、ちょっと意外だったよ」

「確かに、その通りだね」

「そんな風に笑ってれば他の人ももっと取っ付きやすくなるんじゃないかな?もったいないよー」

「私もそう思いますよ。まあ、あまり人のこと言えた立場じゃないですけど……」

僕はもともと感情豊かな方だったと思う。

ただ、“あの日”を境に自分の気持ちをあまり外に出さなくなった。

……本当に出さなくなっただけなのだろうか?

出さない内に出せなくなってしまい、ついには何も感じなくなっていたのではないだろうか?

そんな疑問を自分に投げかけていた。

「君はそうやって気持ちを外に出す方が良いよ!私が保証する!」

「……ありがとう」

それを外に出しても本当に良いのだろうか……?

僕は、積極的になることに恐怖を抱いている。

自分のせいで何かが起きてしまうことが怖いのだ。

……だけど、この二人の前なら少しだけ積極的になっても良いのかもしれない。

そう思った。

「二人はさー、好きな人とかいないの?」

「……どういう話の流れなの?」

「さっきの本の話の流れだよ〜」

「いや、全然繋がってないでしょ」

「細かいことは良いじゃん〜。で、どうなのどうなの?」

美月がこっちに身を乗り出してきた。

「ちょっと、近いから……落ち着いてってば」

「え〜、気になるんだもん。紅葉ちゃんはどう?」

話の矛先が、隣の大人しげな少女に振られた。

「えっ!私ですか……?」

「そう!」

「私はその……優しい人が好きです……」

「おおー!例えば例えば!?」

「例えですか!?そんなこと言われてもー……」

美月に詰め寄られている紺野さんはたじたじで、今にも逃げ出したそうにしていたが、席が一番奥だったため逃げ場はどこにもなかった。

行き場をなくしていた彼女は、自分のことはもう良いです!と言わんばかりに質問し返した。

「そういう美月さんはどうなんですか……?」

「そうだなー、私も優しい人が好き、かな?」

「なんで疑問形?」

そこで、彼女は周りの様子を見つつ、声を潜めてこう言った。

「だって、記憶なくしてから会ったことある人あんまりいないからさ、何とも言えないよー」

そういう人の好みも変わるものなのだろうか?

僕には分からなかったが、そういうことにしといた。

……が、どうやらもう一人の協力者はその疑問をそのままにしておくことは出来なかったようだ。

「美月さんは、記憶がなくなる以前に会った人のことを覚えてないんですか?」

「うん。そうだね」

「それは、少し変わってますね」

「どういうこと?」

「いえ。私自身、記憶喪失になったことはないので何とも言えないですけど、記憶喪失って限定的な何かが抜け落ちてたり、そういうパターンが多いと思うんです。でも、美月さんは“本当に何も覚えてない”じゃないですか」

「そうなんだよねー。だから困ってるんだよね〜」

確かに、紺野さんが言う通りだった。

初めて記憶のことを話された時も、美月は『何も覚えてない』と言っていた。

その時はあまり疑問に思わなかったが、こうして指摘されると少し引っかかる。

いくら何でも、自分の名前や母親のことすら忘れてしまうなんて、かなり重症なのではないのだろうか。

事態は僕たちが思ってる以上に深刻なのかもしれない……

そして、それは美月自身も感じている様子だった。

「やっぱり、このままじゃまずいよね」

「い、いえ!不安にさせるようなことを言ってごめんなさい……!ただ、ちょっと変わってるなって思っただけですから……」

「大丈夫だよ、僕らが協力するから。美月は自分がどうしたいかをしっかり考えて。それによって僕たちも動き方を変えるから」

「ありがとう、二人とも」

不安を無理矢理閉じ込めるような、そんな切ない笑顔を僕たちに向けた。

「……とりあえず、この話はこの辺にしておこうか」

この話を続けていると、目に見えない不安に押しつぶされてしまう気がした。

そして、それを感じていたのは僕だけではなかったみたいだ。

「そうですね。もう少し違った話をしましょう」

「あ、じゃあさ!この後遊びに行かない?学校戻った後もまだ時間あるし!」

「確かに時間はあるけど、しんどくない……?」

「私は問題ないですよ」

あれ、もしかしてしんどいって思ってるの僕だけ?

僕の想像よりも、隣の女子二人はタフだったらしい。

「秋山君も、もちろん大丈夫ですよね?」

「そ、そうだね……」

紺野さんに圧をかけられた僕は、声が少し上ずりそうになったが頑張って抑えた。

「決定だね!どこが良いかな〜?」

二人はあれが良いだの、これが良いだのと議論を交わしていた。

 

……今はこれでもいいのかもしれない。

もちろん、美月のことはしっかり向き合った方がいいのかもしれない。

でも焦る必要はない。

ゆっくりでも、一歩ずつ進めていけば良い。

今はこの時間を目一杯楽しむ。

それでも良いんじゃないかと思った。

 

前回→秋トリオの秘密会議

続き→色んな顔

目次→新しい君と

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