一日の終わりに

「ただいま」

「お帰り、充ちゃん」

美月と別れた後、まっすぐ家に帰った。

両親を亡くしてから、僕はこうしてばあちゃんの家で暮らしている。

ばあちゃんは、当初気に病んでいた僕を静かに見守ってくれた。

ダメージを負っている人に対しての行動パターンは、主に二つある。

一つは様々なアクションを取ろうとしてくれる人。

そして二つ目は、何もせずひたすら待っていてくれる人。

ばあちゃんは後者だった。

年長者ということもあって、その方が合っていたというのもあったのかもしれないが、当初の僕に何を言ってもダメだと思ったのだろう。

それならば、立ち直るまでゆっくり待っていてあげた方が良い。

きっとそう考えていたんだと思う。

僕にとっては、その気持ちが何よりも救いだった。

おかげで一応はこうして生きている。

……ただ、それでもあの日の事を忘れたいと思っている事には変わりない。

いくら時間が経った所で、過去の出来事がなくなることはない。

ふとした時に、あの悪夢のような記憶は僕を蝕む。

だったらせめて自分の中だけでも『なかったこと』に出来れば良いのに。

「……ちゃん。充ちゃん」

「……なに?」

「さっきから呼んでるのにちーっとも返事してくれないから、心配したよ」

「あ、ごめん。僕また……」

「いいんだよ別に、私は大丈夫だから。ご飯にしようか」

「ありがとう、そうするよ」

僕は昔の事を思い出すと、こうして自分の殻に閉じこもってしまう事がある。

そうなると他の人の声が届かなくなってしまう。

ばあちゃんはそういう所も含めて理解してくれてるようだった。

本当に敵わないな。

そう思った。

 

食卓に座り、今日の献立を確認した。

ご飯、味噌汁、鯖の味噌煮、漬物。

いつも通り健康的な献立だった。

ばあちゃんと暮らし始めた当初は食べる物のギャップがあまりにも大きくて、ご飯を全て食べ切ることはほとんどなかった。

その度に『充ちゃんがもっと好きそうな食べ物にした方がいいかねぇ』と言われた。

僕は我慢していた訳ではなかったが、ばあちゃんにそこまで苦労させるのは申し訳ないと思い、『今のままで大丈夫だよ』と言い続けた。

そうして今に至る訳だが、十七歳にもなるとこの味の良さが少しは分かるような気がした。

「いただきます」

僕たちは、いつも通りの何気ない会話をしながらご飯を食べ終えた。

「じゃあ、食器片付けちゃうね」

「ありがとうねぇ。私がやってもいいんだけどね。充ちゃんがやってくれるのは助かるよ」

「ばあちゃんは休んでてよ、僕も少しは家事手伝わないと申し訳ないし」

「そうだね。じゃあ休ませてもらうかねぇ」

食器を洗い始めてから少しして、ばあちゃんが声をかけてきた。

「そういえば、今日は学校終わるの遅かったのかい?帰ってくるのいつもより遅かったじゃない」

「ああ……そうだね」

僕の脳裏に、彼女の姿がちらついた。

話すべきか悩んだが、隠しても遅かれ早かればれるだろう。

そう思った僕は、彼女のことを話すことにした。

「今日、いや厳密には昨日お墓参りに行った時、記憶がないっていう女の子と会ったんだ」

「ほうほう」

「それで、その子はどうやらその記憶を取り戻したいみたいで、それについてどうするか話してたら遅くなっちゃった」

「そうかいそうかい、充ちゃんに友達がねぇ~」

「いや、友達というかなんていうか、手伝うだけだよ……」

「違うのかい?でも充ちゃんがそうやって誰かと何かするのは珍しいねぇ」

確かにそうだった。

美月にも言われたけど、僕には友達と呼べる友達はいない。

元々内気な性格だし、例のことがあってから余計にそれに拍車をかけてしまった。

そんな僕が誰かと行動するというのは、かなり珍しかった。

「ばあちゃんはさ、記憶を取り戻す方法って何か知ってたりするかな?」

「そうだねぇ。やっぱり記憶に関係することを話したりとか……そんなんじゃないのかねぇ」

「やっぱり、ばあちゃんもそう思うかー……」

「記憶をなくしたことなんてないからねぇ、難しい話だよ」

ばあちゃんでもこれか。

この先が思いやられた。

簡単に引き受けてしまったが、本当に良かったのだろうか?

僕が手伝った所で、彼女の記憶を取り戻せる保証はどこにもない。

むしろそれによって嫌な思いをすることだってあるかもしれない。

どうしてそこまでして……

そこで彼女の言葉を思い出した。

『だって、記憶がないのは気持ち悪いじゃない。まるで自分が欠けちゃってるみたいでさ。無くしてしまった記憶を含めて私だと思うから』

確かそう言っていた。

彼女はただ自分が自分でいたい。

それだけなのだ。

過去の出来事を全て忘れたいと思っている僕が記憶を取り戻すのを手伝うなんて、本当に馬鹿げている。

でも一度手伝うと言った以上、やめるのは僕も気に入らない。

それに、彼女はきっと僕にはないものをたくさん持っている。

そんな彼女の近くにいれば、僕も少しは変われるのではないか?

そんな気がした。

ふと時計を見たら、もう十時を過ぎていた。

「いけない、もうこんな時間だ。ばあちゃん、おやすみなさい」

「ああ、おやすみなさい」

 

僕は自室に行って空を見上げた。

こうして夜空を一人眺めるのが僕は好きだった。

「やっぱり星が綺麗だなぁ」

ここは都会ではなく、どちらかと言うと田舎っぽい場所だったので、星はよく見えた。

こうして夜空を見ていると、自分の心が凪いでいくのを感じる。

この時間だけは、何も考えずにまっさらな気持ちでいられる。

僕にとって夜空を眺める時間というのは、それだけ贅沢な時間だった。

贅沢な時間を堪能した僕は、今度こそ眠りにつく決意をした。

「そろそろ寝よう、明日起きられなくなっちゃう」

布団に入り今後どうするか考えていたが、気付くと眠りについていた。

眠る前にうっすらと月が見えた。

今夜は満月だった。

 

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