新しい君と

あれから何度も美月のお見舞いに行こうとした。

……だが、結局僕は一度も病院に顔を出すことはなかった。

……現実を知るのが怖かった。

そんな風にくすぶっている内に、夏休みは最終日を迎えた。

だからと言って特に感じることも無く、いつも通りに過ごすつもりだったが、一つだけ予定があった。

それは両親に顔を出すことだ。

自分のことや、この五ヶ月間の出来事を報告したかった。

今なら、両親の死にしっかり向き合えるような気がした。

遠足の前に彼女が選んでくれた服を着て、僕は家を出た。

 

墓地で報告を済ませた僕は、帰路につこうとした。

……しかし、僕は“あの時”と同じように、お墓に向かって手を合わせている少女を見つけてしまった。

その姿を見た瞬間、僕は何とも言えない気持ちになった。

このまま通り過ぎるべきか、話しをかけるべきなのか一瞬悩んだ。

しかし、その答えはすぐに出た。

「……あの」

声をかけると、見慣れた少女はゆっくりとこちらを向いた。

少女の姿には一点だけ違う所があった。

……それは、“眼鏡”だった。

しかし、それ以外は全く何も変わってなくて、これは僕が知ってる彼女なんだと信じた。

……でも。

「……あなたは?」

たったその一言で、僕の淡い期待は簡単に打ち砕かれてしまった。

分かってたはずだ。それなのに……

……僕は、未だに現実を受け入れることが出来なかった。

行き場の無い感情をどこにぶつければ良いのか分からなくなった僕は、無意味に空を見上げた。

……空は、呆れるほど真っ青だった。

ただ一つ、僕の心を除いては。

「……どうしたの?」

僕の様子を不自然に感じたのか、少女は僕にそう尋ねた。

「……なんでもないよ」

「そう……」

「君は、誰に祈りを捧げていたの?」

「お父さん」

少女は一言だけそう言った。

僕が相槌を打とうと思っていると、再び少女は話し始めた。

「……それと、“私”」

「えっ……?」

「だから、自分にお祈りを捧げていたの。……やっぱり、変かしら?」

僕は真っ直ぐに瞳を見つめ、こう言った。

「変じゃないよ」

「えっ……?」

僕から予想外の言葉が返ってきたのか、今度は少女が困惑していた。

「どうして、そう思うの?」

少女は控えめにそう尋ねた。

どう答えるか散々悩んだが、僕はなんとか納得できる言葉を見つけることが出来た。

「……僕は君の友達だからだよ。だから、君の言うことを信じる。それだけだよ」

「……ともだち?」

……そうなるよね。

それが当たり前の反応だ。

誰だって知らない人にそんなことを言われたら今みたいな反応をするだろう。

「……ごめん、今のは忘れて。それじゃあ」

そう言って、僕は少女に背中を向けて歩き始めた。

しかし、歩き出した僕に向かって少女はボソリと呟いた。

「……もしかして、充君……?」

少女の口から名前を呼ばれたことで、僕は反射的に振り向いてしまった。

「やっぱり、そうなんだね」

「なんで……?どうして僕のこと知ってるの?」

「……“私”はあなたのことを知らないよ」

「えっ……?」

少女の言ってることが理解できなかった。

だが、少女が鞄の中から“ある物”を取り出したことでその謎は解決した。

「それって……」

「これは日記帳」

「君はそれを読んだの?」

「うん。目覚めた時、枕元に置いてあったの」

「そっか……」

「それで、お母さんに『これはあなたの大切な物だ』って言われたから、読んでみたの」

僕は少女の話を聞き続けた。

「本当にびっくりしたよ。最初は意味が分からなかったけど、段々この日記が何を示してるのか気付いた」

「君は、その日記帳をどうするつもりなの?」

「取っておくつもりだよ。だって、これは私にとっても大切な物なんでしょう……?」

そう言って、僕は真っ直ぐと見つめられた。

それは、僕が知ってる彼女よりも弱々しい瞳だった。

それが、僕に現実を容赦なく突き付けてきた。

「不思議だよね」

「何が?」

「“この子”も、ここでこうして君と初めて会ったんでしょう?」

そう言って、少女は日記帳の最初のページを指差した。

「……そうだね」

もう遥か昔のことのように感じる。

あの日は確か、三月三十一日。

春休みの最後の日だった。

そして、今日は八月三十一日。

夏休みの最後の日だ。

言われてみれば不思議な巡り合わせだった。

「なんか運命みたいだね」

その言葉に胸が騒ついた。

彼女が消えてしまうことも運命だったのだろうか……?

そして、僕たちがこうしてまた出会ったことも運命なのだろうか……?

それは分からなかったが、今となって一つ思うことがあった。

彼女と初めて会った時、僕たちは何もかも正反対だと思った。

たけど、真実を探る内にそうじゃないことに気付いた。

むしろ僕たちは似た者同士だった。

大切な人を失った経験を持ち、そのことで自分を追い詰めてしまった。

ただ一つ違った点があったとすれば、それを責める人がいたかということだ。

僕は、誰かに責められるようなことは無かった。

それに、優しく支えてくれるような人までいた。

……だが、彼女はそうじゃなかった。

支えてくれてた人はいなくなり、更には酷い仕打ちまで受けてしまった。

その結果、彼女は壊れた。

少し環境が違えば、僕も彼女のようになっていたかもしれない。

事件を通して積極的だった僕は消極的になり。

消極的だった彼女は積極的になった。

もしかしたら、僕たちはお互いを補完し合うために出会ったのかもしれない。

その出会いを運命と呼ぶのならば、きっとそうだったのだろう。

……そして、僕たちがこうしてまた出会ったのも、きっとそういうことなのだろう。

「あの、どうかしました?」

ぼーっとしていた僕に、少女は申し訳程度に声をかけた。

「……ごめん。また悪い癖が出ちゃったね」

「また……?」

「あっ……」

気を抜くと、少女がかつての彼女じゃないことを忘れてしまう。

僕は改めて少女に説明をした。

「たまに考え過ぎちゃう時があって。それで、今みたいによく声をかけられてたんだ」

「そうだったんだ……」

少女は困惑した様子でそう言っていた。

「……じゃあ、僕はそろそろ帰るね」

そう言って、再び少女に背を向けた。

……しかし。

「あのっ、待ってください。お願いしたいことが、あるんですけど」

「……なに?」

「“この子”のこと。いえ、“私”のことを教えて欲しいんです。……だから、手伝ってくれませんか?」

「手伝うって?」

「……私、眠っていた時の記憶がないんです。だから、どうしてもその時のことを知りたいんです。……お願いできませんか?」

……ねえ、美月。

これでよかったのかな?

……僕はずっとあの日のことを後悔してた。

僕が余計なことを言ったせいで、君はあの日消えてしまった。

でも、君は手伝ったことを誇って欲しいって言ってたよね。

……だから、僕は君の言葉を信じるよ。

僕も良い加減、前に進まないとね……

「……分かった。僕でよければ手伝わせてもらうよ」

「ありがとうございます」

「それで、僕はなにをしたらいいの?」

「私と一緒に居てくれればいです」

その答えを聞いて、僕はつい笑ってしまった。

だって、あの時の彼女と全く同じ言葉だったから。

「な、何かおかしかったかな……?」

「何でもないよ。これからよろしくね、“美月”」

「はい!」

 

僕たちは、久し振りに二人で帰った。

その道中で、日記のことや紺野さんのことについて話した。

美月はやっぱりなにも覚えていなかった。

……でも、それでも構わない。

僕たちは再びゼロから歩み始める。

また新しい君と。

 

前回→邂逅

続き→約束の日

目次→新しい君と

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