『HELLOWORLD』小説版感想 劇場アニメとの違いは? 映画と合わせて相互補完しよう!

小説感想

劇場アニメ『HELLOWORLD』が公開されて早一週間が経ちました。

見終わった後の熱に浮かされ、そのまま小説版を購入しました。

それも読み終えましたので、小説版を読んで見えてきたものや感じたことをまとめていきたいと思います!

 

※ネタバレが含まれていますので、作品鑑賞後やある程度の流れを知っている人が推奨です。

 

 

映画と小説の違いについて

 

まずはこの点についてです。

小説を購入しようか悩んでる方は、是非目を通してみて下さい!

結果から申しますと、全編を通して大きく変化してる部分はありませんでした。

小説で情報が後付けされたり、そういったこと部分はなかったという意味です。

ですが、細かいところで異なる部分もありましたので、ここからはそれを挙げていきます!

 

視点の違い

 

映画は三人称ですが、小説は一人称になっています。

これだけならそこまで変わったことではないのですが、小説版ではある特徴があります。

それが、『視点が細かく変わる』という点です。

例えば、映画では主人公である直美、またはナオミ目線で話が進んでいきましたが、それに加え、一行さん目線で展開される部分があります。

それにより、あの時は何を考えていたのか、どうしてあんなことを言ったのかということが分かるようになっています。

映画は良くも悪くもテンポが早かったため、どうしても直美に焦点が偏りがちな部分がありました。

もちろん、直美が一行さんを救うというのがメインの物語なので、そこに重点を置くことが大切だとは思います。

ただ、救われる側が何を考えているのか、どんな気持ちだったのかが分かった方が感情移入しやすいとは思いませんか?

それがないと一方通行と言いますか、例えるならば『自分の意見だけ言って、相手の意見は一切考慮しない』みたいな感じです。

そこで、この小説版の出番です!

一行さんの心情が分かることによって、二人の関係性が分かりやすくなっており、より感情移入しやすくなっています。

この点は、やはり小説ならではの強みだと思います。

映画やアニメなどは、どうしてもその特性上『全体像』を流す比重が大きいです。

これは、時間が限られてるというが大きな要因だと思います。

限られた時間で全容を伝えるには、効率性が重要になってきます。

映像で流す場合、画面は一つしかないのでピックアップできるものが限られちゃうんですね。

広く浅くで伝えられるのが、『映像』の特性ですね。

そのため、個人が何を考えているのかというのは分かりづらくなる時があります。

ただ、これは良い点でもあります。

敢えて分かりづらくしたり、情報を伏せておくことによって、鑑賞者に想像の余地を与えられます。

なので、表裏一体というところですね。

話を戻していきますね。

小説ですと、基本的には一人称が多いと思います。

なので、心理描写や考えてることを十分に伝えることができます。

というより、むしろそれが小説の醍醐味、目的と言っても過言ではありません。

小説を読む時は、主人公や特定の人物に移入してその人物になりきろうとする気持ちが多かれ少なかれあるのではないでしょうか?

それこそ、直美が一行さんに言っていたみたいにですね。

これは、小説の特性が映像とは逆で、狭く深くを描けるからです。

誰かの視点に固定するということは、その人物が見てる世界になるので必然的に狭くなります。

その分、そこに集中して深く描写をすることができるんですね。

逆に、全体像を映す場合は細かい説明が必要になってきてます。

広いものや大きいものをまとめて伝えるというのは苦手なんですね。

世界観や俯瞰の視点を重視したのが『映画』

個人の心情や考えを重視したのが『小説』

という感じですね。

映画の展開が早かったと思う方や、何となく腑に落ちない部分がある方は小説版を読むこともオススメします。

早送りで見ていたものを。通常の早さで見ているような気分になれます。

ただ、他の小説に比べて視点変更がかなり多いと感じました。

この作品の性質上仕方のないことなのですが、あまり小説を読む機会がない人は少し戸惑ってしまうかもしれません。

 

その他細かい点について

 

他に違かったことといえば、アクションシーンですね。

映画版だと、直美が2037年に行った時はかなり派手に暴れているイメージでした。

自転車に乗りながら建物を動かしたり、歩道橋をぶつけまくったり、とかですね。

小説では、これらの描写が無くなっていました。

もちろん、自転車で走ってるところや交差点に行くシーンはあるのですが、力を使う描写が少なくなっていたように感じます。

それ以外のアクションシーンは、映画と同様に描写されていました。

 

それともう一つ。

物語の始まり方が違うという点です。

映画では2027年から始まりましたが、小説ではプロローグでナオミ目線から始まっています。

これにより、これは『ナオミ』の物語なんだと理解できます。

そして、堅書直美という人物が二人いるということも分かります。

映画の予告でも未来からナオミが来ることは分かっていましたが、プロローグがあるのとないのでは違った印象を持ちました。

 

小説版で見えてきたメッセージ

 

映画を見た時にもこの点はまとめてきたのですが、小説を読むことでまた新しいことを感じたので追記します。

小説版を読むことで新たに感じたメッセージは『自分で道を決める大切さ』です。

これに近いことは映画を見た時にも感じていたのですが、小説を読んでより納得できました。

というのも、先ほど言った通りに、小説では直美の心情が深掘りされているからです。

その結果、直美の成長がより分かりやすくなっていました。

直美の行動を振り返ってみましょう。

 

①物語冒頭では、直美は自分で何も決められない性格で、ひたすらに周りに流されていきます。

そんな自分を変えようと自己啓発書を買うも、結局は上手くいきません。

 

②そして、ナオミこと先生に出会い、『最強マニュアル』を伝授され、その通りに行動していきます。

自分は確実に変わっていると思った矢先に、一行さんから予想外の質問を飛ばされ、自分は何も変わっていないと痛感します。

 

③時は流れ、古本市の事件が起きた時に『それを中止にさせたくない』と、初めて自分の意思を持ちます。

それと同時に、『最強マニュアル』をの教えを破った瞬間です。

変化を拒み、冒険することを避け続けた直美がここから変わり始めます。

2027年が崩壊して絶望しかけていた時も、一行さんが生きていることを信じて、“穴”に自ら飛び込みました。

彼女を救いたい。

その一心で。

以前の直美ならあり得ない行動です。

 

④2037年世界が崩壊しかけて、ナオミが自分を消せと言った時には『嫌だ』と明確に否定しました。

そして一行さんを救って戻ってきた時に、何の保証もないことを言おうと思った、という直美の心情を前置きして「まだ誰も知らない、新しい世界なんです」と言いました。

付け加えて、幸せになろうと思うって心の中で誓ったことに対して、ナオミが『俺の指示じゃないか』と突っ込むと、「そうしようって、僕が決めたんです」と宣言しました。

 

直美の変化を①~④というフェーズでまとめさせていただきました。

このように、何も決められないところから少しずつ自分の意思を持ち始め、最後には自分の道を決めるという工程がしっかりと描かれています。

そして問題のラストシーンです。

この時、一行さんは「貴方は大切な人のために動いた」と言っています。

そして、その結果ナオミが一行さんにやったように「『器』と同調した」とも言っています。

この発言を紐解いていきましょう。

まず、直美にとって大切な人は間違いなく一行さんのことでしょう。

そしてその人のために動いたことで同調したということは、それが条件だったということです。

つまり、ナオミが直美と接触することによって直美が変わり、それが影響してナオミも変わったということでしょう。

具体的に挙げていくと、直美が2037年に来てしまったことですね。

そしてそこで真実を知り、更には直美と一行さんの関係性を見て、二人を元に戻そうとナオミも変わります。

一行さんを救うとはいえ、どちらかというとナオミは利己的に動いている部分がありました。

それが、この場面では自分の努力と幸せを手放してでも直美と一行さんのために行動します。

これら一連の行動が、大切な人のために動いたということなのでしょう。

直美が幸せになろうと決められたのは、ナオミと接触したからです。

それらは、ナオミの行動がなければ到達できなかったことです。

10年後の自分と会うことで、全ては変わりました。

そうなるように仕向けたのは現実世界の一行さんですが、あくまで決めたのは直美自身です。

その結果、過去の世界では一行さんを救うことができ、現実世界ではナオミ自身が救われました。

 

現代は、選択肢や情報が非常に多い世の中です。

もちろん、それは良いことです。

しかし、それにより自分がどうするか決められなくなるという側面もあります。

嘘の情報や誰かに振り回されて、自分の気持ちが見えなくなってしまう。

そして、気付けば他人の人生を歩んでいる、なんてことになもなりかねません。

『保身に走って納得できない人生を歩むのではなく、迷って苦しんででも自分の生きたい人生を歩んで欲しい。そうすれば何かが変わるかもしれないし、きっと後悔しないから』

と、そんなメッセージが込められているのではないかと思いました。

 

まとめ

 

『HELLOWORLD』は映画原作の作品ということもあり、まさに映像映えする作品だったと思います。

世界観でしたり、アクションシーンだったりですね。

それらは、やはり文字で見るよりも映像の方が楽しめると思いました。

小説版は、その裏にある心情を上手く補完してくれたと思います。

とは言っても、小説版だけ読んでいたら恐らくイメージしづらい部分も多かったと思います。

映画を先に見たからこそイメージができ、それとリンクして内面描写が生きてくるように感じました。

まさに相互補完していると思います。

映画だけだと内面描写不足ですし、小説だけだと迫力不足みたいな感じですね。

興味がある方は是非読んでみてくださいね!

私も小説を書いていますので、よろしければそちらも見てみてください!

 

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