『HELLOWORLD』感想 ※ネタバレあり!  『この物語(セカイ)は、ラスト1秒でひっくり返るー』 『平和』をメッセージにこめた物語だった!?

アニメ感想

『HELLOWORLD』という映画を見てきました。

この記事では、映画を見た感想を書き連ねていこうと思います。

 

※ここからは重大なネタバレが含まれていますので、作品を見終えた人や読み終えた人、もしくはネタバレされても気にしないという方だけご覧ください。

 

※補足
・2027年の直美を“直美”
・2037年の直美を“ナオミ”
とします。

 

感想

 

早速感想です。

本当に素晴らしい作品でした!

CMを見ることも少なかったですし、劇場の予告で見た時も話の内容があまり想像つきませんでした。

なので、見に行くのはかなり不安な部分もありました。

ですが、期待を遥かに上回る完成度でした!

事前に分かっていたこといえば瑠璃が恋人ということと、未来からナオミ(自分)が現代にやって来るということくらいですよね。

受け取った情報だけで考えると「まぁ、タイムリープものなのかなー」と思っていました。

でも、タイムリープものだとしたら自分に会っちゃまずいですよね?

最初の時はその違和感に気付けなかったんですよね。

よくよく考えたら分かったことなんですけど、あまりにも自然だったのでスルーしちゃっていました。

そしたらまさか、『記録データの世界』だったとは……。

こんな設定普通思いつきませんよ。

作者の方は本当にすごい人だと思いました。

まさか、そういう方向から時を超えて来るかって感じですよね。

しかも、その設定がよくできています。

SFがすごく好きってわけじゃなかったんですけど、そんな自分でも楽しく見ることができました。

舞台が2027年なので、あと8年で映画に追いつきますね。

果たして、その時どうなってるのか気になりもするけど怖くもあります。

凄まじい速度で発展していくのを考えれば、ああいったことが起きても不思議じゃない思うからです。

それだけ、科学の力は恐ろしいです。

個人的にはナオミの「現実世界と記録データを区別することはできないし、無意味だ」というセリフが引っかかっています。

恐らく、この作品のキーワードで、様々なトリックの足がけになっているんだと思います。

そこに関してはまた別の記事で考察しますね。

それはともかく、これは私たちにも当てはまる言葉だなぁと思いました。

私を含め多くの人が、今いるこの世界を“現実”だと認識してると思います。

この世界は“虚像”だなんて言えば、中二病と言われ笑われること間違いなしです。

しかし、それを証明することは誰にもできないんですね。

それこそ“神”にしかできません。

私たちはアニメやフィクションの世界を『記録データ』として見ています。

“現実世界の神”の視点で、“記録の世界”を見ているのです。

作品と視聴者というのは、まさにあの世界と同じ関係です。

それを考えれば、現実に生きる私たちも誰かに観測されていると考えてもいいかもしれませんね。

私たちがアニメを見るように、私たちの世界を一つの物語として別の存在が鑑賞しているかもしれません。

それこそナオミのセリフのように、実はアニメの世界こそが本物で、私たちは記録データという考え方も面白いです。

ここまでいくと少し飛躍しすぎな気がしますけど、『HELLOWORLD』の世界と私たちの関係が上手くリンクしていたと思います。

ここからは各シーンを抜粋しながら、思ったことを書いていこうと思います。

まず、冒頭の直美と瑠璃の対比のシーンですね。

この部分でまずグッと来ましたね。

主人公の直美は自分を変えたいと思っています。

自己啓発書を読み漁ってはそれらを実践してるいくのですが、ことごとく失敗に終わってしまうんですね。

そして、そこに書いてあることを実際に行なっていたのが、一行瑠璃という人物でした。

まさしく、直美にとって瑠璃は理想の人物だったわけです。

そして、全く逆のタイプの人間だということも意味していました。

この段階で、二人の関係性や人間性が伺えたのが大きかったです。

私はかなり直美寄りの性格ですので、彼の気持ちはよく分かりました。

そして、瑠璃に惹かれる気持ちもよく分かります。

やっぱり、人は自分にないものを持ってる人を好きになってしまうのでしょう。

彼女は強く、真っ直ぐな人間でした。

そして、図書委員を務めることで親睦を深めていくわけですが、その時の会話も初々しいものがあって良かったですね!

良い意味で、高校生男子を演出できていたと思います。

バスの時に無言でビンタするところは、一行さんらしさが出ていたなーと感じます。

感情をあまり外に出さない彼女は一見分かりづらいですが、恐らく内面はかなり豊かなのだと思います。

それは、知識的な部分でもそうですが、感情的な部分でもそうですね。

それらも、読書の賜物なのではないかと思います。

本には人を成長させる力がある。

改めてそんなことを思わされました。

時は流れ、古本市の時。

直美の努力もあって、無事に古本市は成功しました。

このあたりから、直美は自我を持ち始めます。

未来のナオミの指示に背き、焼かれた本を創り上げようとしたり、高所が苦手だという瑠璃をフォローしたりなど、明らかに物語冒頭部分の直美と変わってきています。

それはきっと、瑠璃と親睦を深めたことや、ナオミから聞かされたことが自身のことだという認識が強くなってきたからでしょう。

後は、彼の涙を見てしまったからというのもありますね。

ナオミから「お前にしかどうにもできない」発破をかけられ、自分がなんとかしなきゃいけないと実感したんだと思います。

自分だけの力で変わることは難しく、誰かの力を借りて人は成長していきます。

自分も、生まれてきてから今まで様々な人と出会い別れてきました。

そして、その人たちから何かを学ぶことも多かったです。

特に、学生の時はそうですよね。

多感な時期ということもあり、自分がどう見られているのか、他人はどうなのかというのを気にしがちです。

そして、それを少しでも良く見せようと必死に背伸びするんですよね。

直美がナオミのことを『先生』と呼ぶのは、感慨深いものがありました。

自分より先に生きてる人を先生と呼びます。

直美にとってナオミはまさにそこに当てはまっていて、真の意味で先生でした。

学生時代、自分も先生からも学ぶことはたくさんありました。

それは、良い意味でも悪い意味でもです。

この人の考え方は素晴らしい、この人の教えを守っていれば自分は変われる。

この人のようにはなりたくない、なってはいけないなという反面教師。

生きていれば、どちらとも出会うわけです。

もちろん、自分自身もそういう風に見られる対象というのは忘れてはいけません。

だからこそ、『先生』の裏切りは直美にとって胸が張り裂けそうなほど辛いことだったのではないでしょうか?

ましてや、それが自分では……。

『先生』のように、自分を導いてくれる人や、先を行く人のことを盲目視してしまうことはよくあると思います。

私自身も、そういった経験があります。

この人のこういうところはよくないと思いつつも、それでもいいと思ってしまう自分がいるんですね。

それを言うと離れていってしまうからなのか、その人のままでいて欲しいからなのか、それは分かりません。

それでもついていくのは、その人を本当に尊敬しているからというのと、何かを信じたいという願望があるからだと思います。

信じることは救われるではありませんが、気持ちが楽になるのは確かです。

この人だったらなんとかしてくれる。

この人だったら自分を守ってくれる。

そういう風に想い合うことによって、人は安らぎを得ているのです。

それはきっと、直美からナオミに対しても、ナオミから直美に対してもそうだったのではないかと思います。

ナオミにとっての直美は自分の過去で、弱さの象徴です。

そんな自分に向き合うことは、彼にとっても大きな試練だったはずです。

自分のことだと分かっていても、弟のように可愛がってしまうのはどうしようもないことです。

二人の関係性を重点的に描いていたからこそ、あの裏切りは心に来ました。

このシーンを見て、私は『テイルズオブジアビス』の某シーンが思い浮かびました。

もし知ってる人がいるのなら、どのシーンか分かるかもしれないですね笑

無条件に信頼していた人から裏切られ、絶望する。

今回はそれに加えて力までも失っています。

この時の絶望感は計り知れないです。

世界が崩壊していく中諦めそうになりながらも、抗おうとする姿は直美の成長が伺えます。

冒頭の直美は自分の意見を言えず、諦めがちで、周りに流されるという性格でした。

しかし、瑠璃を救いたいという一心で、自分の意思で何の保証もない世界へ直美は羽ばたくのです。

心の中で頑張れ!と応援していました笑

 

そして、2037年。

この時点で物語は折り返し地点です。

正直、この時点だと全く着地点が想像つかなかったんですよね。

終盤までいって、まぁ大体あんな感じかなーと思っていたら、それすらも大きく裏切られました。

その点についても後述していこうと思います。

まず思ったのは、直美強過ぎじゃない!?

です笑

落雷を食い止めた時点で『ブラックホール』生成できてるので、既にめちゃくちゃ強いんですけど、未来に行ってからは更に化け物になってるというか……。

とにかく、直美が無双していてびっくりしました。

そもそも、想像したものを生成するって強過ぎますよね。

さすがはグッドデザイン【神の手】だと思いました。

この辺も若干の遊び心、中二病感があって良いです。

そういったものが好きな人には大いに満足できるでしょう。

この能力に関しても『カオスヘッド』『カオスチャイルド』『とある魔術の禁書目録』など、様々な作品が思い浮かびました。

深掘りしていくとどの作品も能力の本質は違うのですが、無からなにかを生み出せるのは反則的だということを再実感しました。

メンタル同様、能力も磨いて強くなってるのが直美の成長をしっかりと描写していました。

もしかしたら、メンタルが強化されたことにより能力が強化されたのかもしれませんね。

直美が大きな力を発揮する時は、決まってナオミに「お前ならできる!」「神になれ!」と背中を押された時です。

誰かに頼りにされることにより自信がつき、その大きさに比例して能力も強化されるとかだったら面白いですね。

実際、最初の方は弱気な発言が多いですし、力も未熟な描写がされていますからね。

直美がナオミを殴り飛ばすシーンは感慨深いものがありました。

いくら自分相手とは言え、『先生』と慕う相手に手を出すことはなかなかできません。

しかも、何の言葉もぶつけることなく、無言で淡々に実行しました。

これが直美なりの怒りの表現だとしたら、瑠璃のお尻に突撃してビンタされた時の記憶が残っていたからなのかと思います。

最初から似た者同士だったのか、それとも惹かれあったことにより仕草や立ち振る舞いが近くなったのか。

どちらかは分かりませんが、このシーンはとても良かったと思います。

むしろ、好きな人に対して酷いことをした自分が許せなかったのかもしれません。

自分だからこそ、殴った。

ナオミにとって直美は弱さの象徴だと言いましたが、逆もまた然りだったということでしょうか。

むしろ、この時になっては力量が逆転してるとも言えますけどね。

病室で目覚めた瑠璃がナオミを押し返すシーンも非常に切なかったです。

 

「あなたは堅書さんじゃない」

 

そう言って、瑠璃はキスを拒みました。

この時のナオミの心情を考えると、本当に泣けます。

様々なものを犠牲にしてようやく救えたのに、あっさりと突き放されちゃうんですよ?

ナオミは確かに過去の直美で同一人物のはずなのに、です。

確かに、瑠璃にとっての直美は10年前の『古本市を一緒にやってくれた直美』だから仕方のないことではあります。

恐らく、記憶が統一されていたでしょうから、様々な違和感が生まれてしまったのでしょう。

ようやくここまで来たのに、すれ違ってしまう。

本当に胸が締め付けられるシーンでした。

面白かったと同時にすごいなーと思ったの回想シーンですね。

実は、『HELLOWORLD』ではある特徴的な回想シーンがあるんですね。

それが、直美とナオミの回想シーンです。

これを聞いただけだと、何言ってるんだこいつって感じになると思いますが、言葉の通りです。

この映画、なんと同じ回想を二回映すんですね。

最初見た時は、一瞬意味が分かりませんでした。

「なんでまた同じ回想? 制作ミスかな? 作画の節約?」

とか思ってたんですけど、全然違かったんですね。

意識してないと分からないんですけど、実はこれ“二人の目線で同じ所を回想してた”のです。

一回目が直美目線での回想。

そして、二回目がナオミ目線での回想です。

何かを思い出す時に同じ場面を浮かべるというのが、年齢は違えど同じ人間なんだというのがひしひしと伝わってきました。

分かっていたことではあるんですけど、改めて見せられると「そうだよな、二人は一心同体なんだよなぁ」と思わずにはいられませんでした。

一見変わったシーンで、普通の作品ではまず使えない手法です。

この作品だからこそできた、斬新な表現方法です。

意味が分かった時には鳥肌ものでした。

ネタバレ込みなのでまだ見てない人はほとんど読んでないと思いますが、もし読んでいたら是非ともそのシーンを見て欲しいです!

その後はもう怒涛の展開でしたね。

瑠璃を元の世界に戻そうとする時の京都駅のシーンです。

この時、戻る直前に拒んだナオミに瑠璃が「私を愛してくれてありがとう」って言うんです。

そして、涙を流しながらそれを見送るナオミの姿を見て、私も号泣してしまいました。

本当にめちゃくちゃ泣きました。

直美目線でもナオミ目線でも本当に辛いんですよね、この作品。

ナオミに関しては二度も大切な人を失うわけで、どうしてこんなに辛い運命を背負わなければいけないんだ……。

と思いました。

でも、ナオミはそんなこと思っていなかったんですね。

2037年地点の世界が危機に陥り、このままでは世界が崩壊しかねないというところまで来てしまいました。

それをなんとか止めようと直美は必死に交戦するわけですが、それも限界に近づいてしまいます。

その時に、「グッドデザインで俺を消せ」とナオミが言うんですね。

システム暴走の理由を悟ったナオミは、自分が消滅することで全てを終わらせようとします。

これは直美から瑠璃を奪ってしまった罪悪感や、世界を崩壊させてしまった責任から来るものだったと思います。

ただ、それ以上に、直美(自分)に生きていて欲しかった。

瑠璃を幸せにして欲しい。

そして、それができるのは『お前しかいない』という想いがあったと思います。

そして、ナオミは直美を庇って串刺しにされてしまい、瀕死の重傷を負ってしまいます。

この時点でもう涙止まりませんでしたね。

でも、この後更にナオミは涙腺を攻撃してきました。

「俺はもう幸せだ。……だから、お前も幸せになれ」

と言うんですね。

消滅する自分から自分へのエール。

先生から生徒へのエール。

全てを託すと込められた熱い想い。

そのらを受け入れ、直美は自らの手でナオミを消滅させました。

消えてしまう間際まで、ナオミは辛いことばかりでした。

瑠璃を失い途方に暮れ、僅かな希望にかけるも作戦は成功しない。

それどころか脊髄損傷という重傷まで負ってしまい、その上過去の自分に瑠璃を取られてしまう。

どこまでも救いようがなく、辛い人生だったはずです。

でも、ナオミが言った通り、瑠璃と再び出会えた時点で彼は満足していたのです。

その証拠に、ナオミは消滅する最後まで笑顔でした。

それと同時にアルタラシステムが止まり、世界が生まれ変わります。

直美たちが行き着いた世界は、新たな世界でした。

そして、何度もお預けされたキスを二人はようやく交わします。

一度目は直美と橋の上で、二度目はナオミと病室で。

そして三回目は、生まれ変わった世界で。

物語の最後で二人は結ばれハッピーエンド!

このままエンディングかなー。

……あれ?

えーー!!!

となりました。

見た人はこの意味が分かるはずです笑

「よ、よく分からない……。けど、多分ハッピーエンドなんだろうな……?」

というフワフワとした感覚でした。

何やら既視感があるなーと思ったら、『失われた未来を求めて』という作品で似たようなシーンがあるのを思い出しました。

似たようなというよりは、もう丸っ切り構図が一緒ですよね。

何はともあれ、二人が交わる世界になれて本当に良かったです!

まさにキャッチコピーである

 

『この物語(セカイ)は、ラスト1秒でひっくり返るー』

 

を体感した瞬間でした。

恐らく、これはダブルミーニングなのではないかと思います。

一つ目は、2037年の世界が崩壊し、何もない新たなセカイが生まれたこと。

二つ目は、最後のどんでん返しですね。

このシーンに関しては様々な想像を掻き立てられるような終わり方になってしたね。

人の数だけイメージするものが違いそうなのが面白いです。

ここまで見事な結末を迎えた作品は久し振りに見れました。

やっぱり予想外な結末というのは気持ちがいいものですね。

それだけリスクも大きい終わり方だとは思いますが、制作者のチャレンジ精神が伺えました。

普通なら最後のキスシーンで終わりでしょう。

リアルタイムで観ていた時も、そのままエンディングに突入しそうな雰囲気でしたからね。

そこからの、あのシーンですよ。

あのラストに関して、私はいくつかの仮説を立てました。

それについてはまた別の記事にしたいと思います。

 

この物語のテーマとはなんだったのか

 

物語といえばやはりこの点ですよ。

作品を見る上で、それが何を伝えたいのかを受け取ることでより物語を楽しむことができます。

作品世界やキャラクター達から、しっかりとメッセージを受け取っていきたいですね!

私が感じたこの物語のテーマは、『自己との対面』『愛は全てを超越する』『真実を見極める力』『信じる心の大切さ』です。

もちろん、感じ方は人それぞれなのでどれも正解だと思います。

大切なのは、各々が何を受け取ったかです。

ここでは私が個人的に思ったことを話していこうと思いますので、よろしければお付き合いください。

 

『自己との対面』

 

まず、『自己との対面』ですが、ここは言わずもがな、二人の直美のことですね。

直美からみたナオミも自分であり、ナオミからみた直美も自分なわけです。

通常、自分と出会うことなんてあり得ません。

それこそ、夢の中くらいではないでしょうか?

なんだかんだ言って、自分と邂逅するという物語は少ないのではないかと思います。

タイムリープものでも、タイムパラドックスが起きてしまうため自分とは会わないという作品がほとんどです。

こういった作品が多い中、『HELLOWORLD』は設定を上手く調理してそれを実現しました。

まさに、このテーマを伝えるための舞台だったのではないかと思います。

10年後の自分と出会い、その人から様々なことを教えてもらうというのは斬新でした。

自分から自分のことを学ぶのは感慨深いものがありますよね。

『先生』と呼ぶことから、直美からみたナオミは自分よりも遥かに優れた人間に映っていることでしょう。

ですが、当然『先生』にも至らない点はあるわけです。

2037年で直美がナオミを殴り飛ばしたことにより、二人はようやく対等になり、お互いを認めることができたのだと思います。

お互いが自分の弱さを受け入れ、そしてお互いの強さを信じる。

物語冒頭から、直美は何でもかんでもナオミに聞いていました。

言われた通りに忠実に行い、想定外の質問が来た時にはポケットに手を入れようとしました。

そこで初めて自分の意思で直美は行動したんですね。

この瞬間こそ、直美の小さな一歩だったのだと思います。

そして、そこから直美は徐々に自分の想いをナオミにぶつけていきます。

古本市の時に「お前もそうしろ」とナオミに言われ、直美は納得していませんでした。

自分に言われたことをやりたくない。

未来の自分がそうした方がいいと言っても、今の自分はそう思わない。

大切なのは、今の自分がどうしたいかだ。

それこそが、この作品の伝えたいことだったのではないでしょうか?

事実、直美だけではなくナオミも行動を変えていきます。

その結果が、直美に瑠璃を託したシーンだったのだと思います。

私たちは、昔の考え方に引っ張られて自分の気持ちを閉じ込めてしまったり、心の中で思ってることと違うことをやってしまいがちです。

そうする理由は人それぞれでしょうけども、何かしらのわだかまりを抱えています。

そうした結果、本来ではない自分がいつの間にか生まれてしまいます。

そして、それがいつの日か当たり前になってしまうのです。

それで納得できる人はそれで良いのかもしれませんが、そういう人ばかりではありません。

『こうした方がいい。

こうしたいと思いつつも動けない。

そんな人に向けて、もう少し自分の心に素直になっていいんだよ。

そこに向かって一回は全力で向かってごらん。

そうしたら何か見えてくるし、少しずつ成長できるから』

というメッセージを送っているように感じました。

 

『愛は全てを超越する』

 

二つ目に『愛は全てを超越する』ですね。

ここに関しては、具体的な言い方が思いつきませんでした。

適切な表現が見つかったらまたそれに変えるかもしれません。

『愛は時を超える』でも良いと思ったのですが、それだと何かしっくり来ないんですよね。

こう、違和感があると言いますか……。

と、まぁそれは置いときまして、この点についても詳しく話していきます。

ナオミは瑠璃のために多くのものを犠牲にして2027年に到達しました。

そこで直美と協力して瑠璃を復活させようと考えるんですね。

そこに至るまでの『過程』を描くことによって、ナオミがどれだけの苦労をしてきたかがよく分かります。

そして目的を達成するわけですが、今度は瑠璃が殺されそうになってしまうんですね。

そして、そこを救ったのが直美です。

この関係性が面白いと思いませんか?

最初、ナオミが瑠璃を助けようとメインに動いていましたが、後半に関しては直美がメインに動いているんですね。

これは、ナオミが直美に接触しなければあり得なかったことです。

そして、もっと言うならば直美が2037年に来なければあのラストシーンには到達できなかったんですよね。

つまり、ナオミが瑠璃を助けようとすることで直美が瑠璃を助けようとするきっかけができ、そうなることでラストの直美が救われるという構図が生まれるんですね。

誰か一人でもかけたらあそこにはたどり着けなかった。

そう思うと感慨深いものがありますし、三人の行動が何一つ無駄ではなかったんだということが分かります。

それぞれの時代のそれぞれの人物の思惑が綺麗に合わさって、時間や空間をも超えたという感じがします。

それも、互いが互いを思い合っていたからこそできたことです。

だからこそ『愛は全てを超越する』という表現がしっくり来ると思いました。

 

『真実を見極める力』 『信じる心の大切さ』

 

『真実を見極める力』と『信じる心の大切さ』はまとめさせていただきます。

これは冒頭でも話した現実と記録データの関係性の話です。

相反する二つのテーマですが、これこそが『HELLOWORLD』を通して一番伝えたかったことかもしれません。

先ほども言った通り、現実と記録を区別することは不可能です。

つまりこれは、自分が真実だと思っていたことが実は作り物で、作り物が真実だったという可能性があるということです。

直美は2027年がリアルだと信じていました。

ナオミは2037年をリアルだと信じていました。

そして、二人とも途中でそれが記録であることを知り驚愕します。

これは、私たちにもあり得る話です。

一番分かりやすい例で言えば、“人間”でしょうか?

人は様々な思考や思惑を持っています。

他の動物にはなく、人間だからこそ持っている力です。

グッドデザインもその特性を利用したものとなっていましたね。

グッドデザインは『信じる心』を可視化したものだったのだと思います。

自分を信じ、可能性を信じることによって最大限に力を発揮することができる。

ナオミは常にナオミの尻を叩いて自信をつけさせていました。

それも、そういう意図だったんだと思います。

やれると思えばなんでもできる。

そんなメッセージを感じました。

話が逸れたので戻します。

人は、思考が表面化し行動へと移します。

しかし、他人から見た時には表面化した行動しか見ることができず、思考は観測できません。

つまり、その行動がどういう意図から来るものかというのを考えなくてはいけません。

仮にその人に直接尋ねたとして、その真偽も自分で見極めなくてはいけません。

『それが正しいことなのかそうじゃないのか分からない。

だけど、自分はその人を信じたい。

真偽は重要ではなく、自分がそれに対すてどう思うかだ』

これこそが最大のテーマだと思います。

現実世界と記録データというのは、私たちにそれを伝えるための手段だったのです。

このテーマの背景には、『平和』が関係してるのではないかと思います。

最近の世の中は殺伐としています。

最近に限った話ではないのかもしれませんが、それでもピリピリとした空気が充満している気がします。

なぜそうなってしまったかというのは、自分の可能性や他人の厚意を信じることができず、疑心暗鬼になってしまっているからだと思います。

信じることを忘れ疑うことしかできなくなってしまうと、人は恐ろしい行動に出てしまう。

そして、他人を傷付けてしまう。

そうなってしまえば、争いは大きくなりやがて戦争へと発展します。

当然、そうなれば多くの人が亡くなります。

そんな世界はあまりにも辛く、悲し過ぎる。

大切な人を失う苦しさを、この作品では十二分に描写していました。

それが直美目線で瑠璃を失ったことや、ナオミ目線で瑠璃を見送り涙するシーンですね。

少し見方を変えれば、記録世界が崩壊していくシーンは戦争の暗喩としても考えられます。

私たち人類は、既に世界を破壊できるほどのテクノロジーや力を持ってしまっている。

それをコントロールするには、しっかりと物事を見極める必要があるのです。

こういったことからも、『HELLOWORLD』『見極める力』『信じる心』の大切さを伝えたいのだと感じました。

映画を通し、そのテーマを伝えることによって平和な世の中になってほしい。

そんな風に思っていたのかもしれません。

 

まとめ

 

今回は『HELLOWORLD』の感想をネタバレ込みで書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?

理解が及ばない所や、勘違いしてる点もあるかもしれませんので小説版でもじっくり補完していこうと思います。

ラストシーンに対する考察などは、別の記事でまとめています。

そちらの方もよろしければご覧下さい!

私自身小説も書いてますので、そちらもよろしければ読んでみてください!

 

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